【前回までのあらすじ】札幌の大学に通うマチは、恋人の浩太の家で狩猟雑誌をたまたま見つけて手に取る。父は会社の創業者一族で、母はスキーの元オリンピアン。恵まれた環境で育ち、趣味でトレイルランニングを続けつつも、なにか物足りなさを感じていたマチは、初めて見る狩猟の世界に惹きつけられ、大学の授業の後にさっそく書店へ行き、狩猟雑誌を購入する。
雑誌に顔を近づけ、集中して舐めるように読んでいたので、周囲の客が奇異なものを見る視線を送ってきている気配がする。マチはそんなことは構わなかった。
正直、読み進めていても出てくる単語や銃砲の扱い、読者が基本を知っていることを前提にして書かれている専門的な記事など、何もかもが分からない。それでも、未知の情報と、それをもっと知りたいと思う自分の心の動きに、マチは我を忘れていた。
途中の幾つかの駅でドアが閉まり、車両が走り出す、を繰り返す。
『次は西28丁目、次は西28丁目ー』
耳慣れたはずのアナウンスが告げた次の駅名に、マチは驚愕した。自宅最寄りの円山公園駅で降り忘れたのだ。今までどんなに疲れている時でもぼーっとしている時でも、こんなことはなかったというのに。間抜けだ。自分らしからぬ間抜けさだ。自分は今、おかしい。
そして、自分をおかしくさせるものがある。マチは読んでいた二冊の雑誌を閉じて胸に抱いた。腕の中が熱かった。
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source : 週刊文春 2024年9月26日号