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“私たちの梶谷”はこんなもんじゃないと思い続けて…梶谷隆幸とベイスターズが“両思い”になる日

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/10/03
note

「梶谷のブーストはキャプテンじゃなくて一番だったんだね」

 梶谷もまたベイスターズに片思いだった。

「ケンタ」「カミ」「ケイタ」。2019年CSファーストステージ最終戦後、映画『FOR REAL』のラストシーン。「もらってくれ」後輩たちの名前を呼んでは、筒香が自分のユニフォームを投げる。最後の袋を開けて、ユニフォームをつかんだ筒香は今度は投げずにまっすぐ梶谷のところに向かった。「ありがとう」「がんばってな」短い言葉を交わす。このチームはきっともうすぐ強くなる、ファンの希望の光だった二人がカメラの前で交わした、それは最後の言葉だった。

 筒香が去った後のキャプテンはどうか梶谷でありますようにと私は願っていたのだ。前に出るのはあまり得意ではなかったという筒香がキャプテンを背負って変わっていったように、梶谷も知らない梶谷が、もしかしたら梶谷キャプテンにあるかもしれないと。「環境の変化」ってこんなところにあるのかもしれないと。これからのチームのためなんて綺麗事じゃない、ただただ梶谷のためにそうあってほしい、根拠なく身勝手にそう思った。

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「梶谷のブーストはキャプテンじゃなくて1番だったんだなー」と息子はしみじみ言う。そうよ、ママは本当に見る目がない。最後まで「梶谷がいい」と言っていたキャプテンの役割を、今佐野があんなに見事に果たしている。本当に見る目がない。でも梶谷だって分かってなかったじゃん。かつて自身「苦手」と言っていた1番バッター、だけど今年は不動の1番として、こんな偉大な記録を作り上げたのだから。

 フワッとした三振のイメージより、ファウルで粘って粘って、四球をもぎ取るカジがそこにいる。今年の梶谷は、私たちの知らない梶谷。自分が塁に出ることが、ベイスターズに何をもたらすのか、きっと分かっているのだろう。カジの出塁は始まりの鐘。その鐘はバッテリーの集中をそぎ、バッターをアシストする。ファンは何かが起こる予感に固唾をのむ。ほら、カジがいるとこんなに野球が楽しい。ずっとすれ違い続けていたベイスターズと梶谷。大変なことばかりだった2020年に、やっとその思いが触れ合った気がした。願い続けていた、果てない波がちゃんと止まりますように。カジとベイスターズが百年続きますように、と。

 あの日、セカンドベースではにかむ梶谷を大きくて丸い月が照らしていた。中秋の名月の、1日前の夜。満月のように見えるけど、まだ少し足りない、満ちることのない月。なんて梶谷らしい月だろうと思った。

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