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「東京大学総長選」で怪文書が飛び交い、大混乱する日本独特の「筋論」

2020/10/09
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「総長選考のプロセスが不透明なのではないか」という騒動になった本件ですが、しかもご丁寧に誰の発言かまできっちり書き分けているこの文書だけでなく、各学部の「有識者」たちが各種怪文書を乱発。東京大学内部の人事抗争を炙り出す内容で興味深いことこの上なく、義憤に駆られたのか私利私欲の果てなのか分かりませんが、実に純然たる権力闘争をしておられます。

 もともとは、教員からの信頼が得られない人物では東京大学の総長が務まらないという事情から「学内投票」を行ってこの投票結果を参考にしつつも、最終的には総長選考会議を構成する学内委員(教育研究評議員)8名、学外委員(経営協議員)8名の合議で総長を決定する、という方針でした。

 後述しますが、いわゆる「意向投票」と言われる東大関係者による選挙は、必ずしも総長選考では求められていません。投票をやると民主的だし透明でいいよねという話もあるわけですが、しかし学級委員じゃあるまいし、大学の経営に資するトップを人気投票で決めていいはずもなく、文部科学省も国立大学の総長を選任するにあたっては、むしろ投票によらず、選考会議で大学の運営・経営において能力と意欲と実績のある人をきちんと合議で選んでほしいと言っています。

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 とはいえ、学内の投票による総長選抜は「東京大学の伝統」という側面もあり、意向投票をどこまで総長選出に反映させるのかは長い長い議論が東京大学内部でありました。

©iStock.com

得票1位の宮園さんに関する怪文書が登場

 すったもんだはありつつも7月7日に代議員会で1回目の意向投票(いわゆる予備選)が行われ、ここで総長選考会議にかかる11名が候補者として絞り込まれます。東京大学医学部で理事・副学長の宮園浩平さんが1位(67票)、次点が元生産技術研究所長で同じく理事・副学長の藤井輝夫さん(54票)でした。そして、2015年にニュートリノ研究でノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章さん(24票で3位)らが総長選で辞退。そこへ、学外委員による推薦で永井良三さんが浮上してくることになります。

 ところが、録音の内容を聞く限り、現・三菱総研理事長で元東大総長という東大大物OB・小宮山宏さんが大暴れであります。9月4日に開催されたという総長選考会議では、総長を選ぶ本選で候補者を絞り込む選考で、予備選の票数を考慮するかどうかで議論になります。学内委員からすれば、みんなで投票して一番得票したのが宮園さんなのだから、本選候補者には宮園さんを入れるべきと主張するわけですけれども、ここで凄いタイミングで怪文書が登場するわけであります。

小宮山宏氏 ©文藝春秋

 怪文書曰く、「分子生物学の第一人者だった教授・加藤茂明氏(当時)が2017年に論文の捏造で懲戒解雇処分された件で、宮園氏は加藤氏と研究仲間であり、共著があった」。

 この加藤さんの論文捏造事件は2012年に発覚し、全発表論文165本のうち33本について不正行為があったと最終的に報告されたという、ある意味で小保方級の大スキャンダルだったわけです。この重大な不正を行った加藤さん本人と、東京大学総長予備選で1位の得票であった宮園浩平さんとを結びつける出どころ不明の怪文書を、なぜか総長選考会議で小宮山宏さんが取り上げ、本選で宮園さんを候補から外せと熱弁をふるっておりました。