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「開業した喫茶店は僕の老人ホーム」 飯田橋駅から徒歩10分なのにお客が集まるワケ

『ライフシフト』より#3

2020/11/16

source : 週刊文春出版部

genre : ライフ, ライフスタイル, 働き方, 読書

note

「開業した喫茶店は僕の老人ホームですよ」

 経営の安定と共にテンパパの顔つきはより柔和になり、はちはちは、より自分らしく振る舞える居場所になっている。スタッフの1人の子供は受験を控え、学校帰りにはちはちで勉強をする。テンパパはふと思い付いて子供に模擬面接を施す。「じゃあ次は雰囲気を変えて圧迫面接をやってみようか」。そのやり取りを見て他のお客さんが微笑む。

 時々、はちはちを訪れてそんな様子を見ている麻衣子さんは最近、改めてテンパパらしさを感じるという。メディアで取り上げられて、テンパパはスタッフを少し増やした。そうしないとサービスを行き届かせられないと思ったからだろう。「人件費は増えるわけですから、絶対勘定が合っていないと思うんですけれど、それよりも気の合う仲間とより良いサービスを提供することを優先してしまうんでしょうね」

©石川啓次/文藝春秋

 人生に思いも寄らぬ災厄が降りかかって、テンパパはもう立ち直れないと思うくらいの状態に追い込まれた。人と交わることが好き。誰かに喜んでもらうことが嬉しい。そう考えて喫茶店を始めたことは、冷静に考えるとやや無謀だったようにも思える。

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 しかし溺愛する娘がテレビで活躍していることがきっかけとなって、メディアがお店を取り上げ、そのお店に込めた思いがお客に伝わり、喫茶店を経営する上で最も重要な要素である常連客が増え始めた。「かつての同僚や学生時代の友人には『お前は居場所があっていいなあ』と言われますが、本当にそうだと思います。お盆期間中に、はちはちは3日間お休みをいただきましたが、3日目には『早く明日が来ないかなあ』と思ったぐらいですから」

 麻衣子さんも変わった。親子であることは不変だが、何かにつけて庇護者だった父親が、今は互いを補い合うパートナーに変わった。「母が病を患ってから、親しい友人にも明け透けに語ることを控えるようになっていたと思います。でも今は違います。すごくオープンになりました。きっと父が毎日を楽しく過ごしていることを実感するようになったからでしょうね」

©石川啓次/文藝春秋

「きっとはちはちは、僕の老人ホームなんですよ。しかも自分自身で作ったから、誰かに気兼ねをする必要もない最高級老人ホームです。いろいろあったけれど、今は本当に楽しいね。新型コロナウイルスの拡大でお店はしばらく休業。収入がなくなって大変だけれど、僕は楽観主義者だから、どうにかなると思っていますよ」。休業する前にはちはちでインタビューに応じてくれた天明さんはそう言って笑い、隣のテーブル客に「コーヒーのお代わりをお持ちしますね」と声をかけ、カウンターに戻っていった。

ライフシフト 10の成功例に学ぶ第2の人生

大輔, 秋場

文藝春秋

2020年11月11日 発売

「開業した喫茶店は僕の老人ホーム」 飯田橋駅から徒歩10分なのにお客が集まるワケ

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