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長谷川 晶一
2017/09/26

【ヤクルト】来季監督就任へ 小川淳司SDが語った「斎藤佑樹を外して山田哲人でよかった」

文春野球コラム ペナントレース2017

自他ともに認める「優しすぎる性格」

 すでに今季限りでの退任を発表している真中満監督に代わって、小川淳司シニアディレクター(SD)が次期監督に就任し、OBの宮本慎也氏がヘッドコーチとして招聘されるというニュースが一部スポーツ紙で報じられた。また、「小川さんが監督受諾の条件として、“宮本をヘッドコーチにするならば……”と球団に認めさせた」というウワサもある。

 個人的には「仏の小川」と「鬼の宮本」というコンビネーションは、今のヤクルトにとっていい選択だと思う。今年の5月に、『いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(集英社)という極私的ヤクルト史をまとめた本を出版した。ここで僕はヤクルトのチームカラーについて、「ファミリー球団である一方、どうしても甘えや緩さが生じてしまう」と書いた。

 しかし、だからと言ってファミリー体質・ヤクルトの場合は厳しいだけでもダメだし、緩いだけでもダメで、「緩さと厳しさのバランスを」とも書いた。この本の中で、小川SDにも、宮本氏にもインタビューをしたけれど、小川SDの言葉は優しく温かかった。一方の宮本さんの言葉は厳しく突き放すようなものが多かった。一緒にプレーをした後輩たち、古巣への歯がゆさがにじみ出ているようだった。その一部はもちろん拙著で紹介したのだけれど、紙幅の都合で泣く泣くカットした話がたくさんあった。そこで、今回は小川SDについて、そして次回は宮本さんについて、拙著に収録できなかったエピソードをご紹介したい。

 小川さんのインタビューを前に、彼が現役時代だった頃の新聞記事やファンブックなどを整理していると、いつも「優しい性格」だと書かれていた。最初にその点を尋ねた。

―――当時のファンブックやスポーツ新聞を読んでいると、常に「優しすぎる性格」と書かれていますね。

「ああ、よく言われましたよ。僕は高校時代からそう言われ続けましたんで。でも、自分でそれを直そうと思っても、そこまで生きてきて自分の性格を変えるつもりはなかったですね。自分は自分でいくしかないんで。でもやっぱり、“優しい”って言われるのは勝負の世界に向いてないってことですよ、自分で言っちゃいけないですけど(笑)。勝負の世界では人を蹴落としてでも、自分の居場所を奪い取るというくらいのものがないと、ダメなんじゃないかなっていう気がします」

 柔和な表情で小川さんは語る。実に和やかな雰囲気で取材は進んでいった。

小川淳司SD取材中の様子 ©長谷川晶一

斎藤佑樹を外したのではなく、山田哲人を引き当てた

 この取材の中で、山田哲人獲得時の話題となった。山田は10年ドラフト1巡目でヤクルト入りしているが、この年、ヤクルトは早稲田大学の斎藤佑樹を1位指名した。しかし斎藤を抽選で外し、続いて八戸大学の塩見貴洋も外し、「ハズレハズレ1位」で指名した山田哲人をオリックスとの競合の末に獲得していた。このとき、3度にわたって抽選くじを引いたのが当時の「小川監督」だった。

「斎藤、塩見を外したときには自分の運のなさを嘆きましたね。でも、後に知った話ですけど、山田はヤクルトに入りたくて仕方がなかったそうです。これはこじつけかもしれないけれど、山田の“ヤクルトに入りたい”という思い、山田の運がすべてだったんだなと思います。だから、後の山田の活躍は必然だったのかもしれない。本当はこういうことを言ってはいけないんですけど、僕はそう思っているんですよ」

 小川さんは小さく微笑みながら続ける。

「山田にこの話を聞くまでは、まったくそんなことは思わなかったです。僕はただ、“ドラフトで外して申し訳ない”という思いだけでした。“オレには運がないんだ”という思いがずっとついて回っていたんです。だけど、山田のひと言で、“逆によかったんだ”と思えるようになりました」

――斎藤佑樹を外したのではなく、むしろ山田哲人を引き当てたんですね。

「そうです。だから、僕の運よりも、山田の運は数段勝っていたんです。あれだけの選手だから、僕なんかと比較してはいけないんですけど(笑)。僕も、甲子園の優勝投手になったり、現役時代の実績もないのに一軍監督を務めたり、どちらかというと運のいい方だと思っていました。でも、山田の運はそれ以上で、後に活躍するべく活躍しているのだと思います。これは、藤浪晋太郎を外して、小川(泰弘)を獲得したときのドラフトでも同じことを感じました。小川もまた、内心ではヤクルト志望だったと、後で聞きました。山田と小川の活躍のおかげで少しは救われたし、ありがたいですよ」

 山田はヤクルトに入るべくして入ったスター選手で、「ミスタースワローズ」の称号を背負うにふさわしい男だったのだ。

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