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《東日本大震災から10年》「原発建屋の中で全面マスクをしながら昼寝する」 細野豪志が取材した“いちえふ”の日常

細野豪志氏、竜田一人氏対談#1

genre : 社会, 読書, 働き方

note

細野 仁義ですか、なるほど。確かに相手への敬意というか、そこに立場は関係ないんですよね。竜田さんの仁義は、東電のためというよりも、現場の皆さんの誇りのために守るべきものを守っているという感じでしょうか。

竜田 まず第一に、今働いている人たちに迷惑がかからないようにっていうことを考えました。特に下請けとかその辺ですよね。個人や会社があまりにも特定されることは言えないっていう。

細野 なるほど。そういう意味で、実は描けなかったことなどもあるわけですね。

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竜田 多少はね。

現実に忠実にしたのは、ウソは描きたくなかったから

細野 竜田さんというペンネームは、これは常磐線の駅の名前ですよね。

竜田 はい。駅から名前を取らせていただいて。

細野 『モーニング』に連載されていた時から読んではいたんですが、改めて全巻振り返って読ませていただくと実にリアル。私も「いちえふ」内に何度も入りましたので様子は分かるんですけど、作業員の方から見た姿が実に具体的で興味深い。漫画ってオーバーアクションで描くやり方もあるわけじゃないですか。それをあえて、なぜリアルに、現実に忠実な形にしたのかをお伺いしたいんですが。

※写真はイメージ ©️iStock.com

竜田 あんまりウソは描きたくなかったんです。それに第一、こういうのでウソを描いちゃうとまずいので。ただ、実際に行って働いてみたら、「普通」と言っちゃうと言い過ぎかもしれませんけれども、よくある工事現場の一つとして捉えたほうが自然ではないかなと感じたんですよ。劇的に盛り上げるっていう要素があるわけでもない。なので、自分が体験したことをそのまま描こうと思ったら、そういう形にしかならなかったんですよね。

細野 作業員の方が喫煙所探しにものすごく苦労しているとかですね。あとは空き時間に温泉入ったり、ギャンブルしたり、そういう日常なんていうのはまさに「普通」なんですよね。

竜田 そうですね。働いている人は普通のおっさんなので。中には技術的にすごいものを持っている人とかはいるんですけど、でも、やっぱりそういう人たちも普通に生活している人なので。「普通に働く普通の職場」っていうふうに捉えていただいたほうがいいんじゃないかと。

世の中のイメージは「流刑地」か「戦場」か

細野 竜田さんが働いておられた頃は、外から見ると現場の皆さんは恐怖と戦いながら命がけで働いていると思われていたでしょう。

※写真はイメージ ©️iStock.com

竜田 世の中のイメージは大きく2つあって、流刑地か戦場かみたいな感じでしょうか。

 まず一つは「ものすごく危険な流刑地で、嫌がっている奴隷や罪人が強制的にこき使われている」感じで、もう1つは「ものすごく危険な戦場で、それでも命をかけて日本のために一生懸命戦っているヒーロー」みたいな。そういう両極端な見方しかなかった。でも、実際にはどっちでもなく、それらのイメージの真ん中で普通に働いてる人たちだっていうことを割と言いたかったっていうのはあります。

細野 最初の部分で、「いちえふ」に行く動機を「高給と好奇心、そして少しの義侠心」と書いてあって、このバランスが面白いなと思いました。

竜田 基本的には、お金のためなんですよ。みんなね。

細野 生活のためですね。