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「この野郎、変形させるぞ」40名の不良に特別教育…犯罪常習兵も震えた日本軍“地獄の更生施設”

陸軍教化隊・軍隊の地獄部屋 #1

2021/03/31

source : 文藝春秋 1970年8月号

genre : ニュース, 社会, 歴史

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ゲンコツと理不尽がまかり通る「真空地帯」

 毎晩1人で20キロのマラソン、厚生省の「歩け歩け運動」の強歩大会に4年連続参加するなど、紅顔の美少年で、からだも丈夫、徴兵検査は文句なしの甲種合格。お国のためといさんで入営したのが昭和17年正月十日、世田谷三宿の近衛野砲第十二部隊であった。尊きあたりを守護し奉るというので、家柄もよくハンサムで優秀な兵隊ばかりを集め、女にモテる連隊でもあった。といって、隊内がやわらかいわけではない。ご多分にもれず、無理ヘンにゲンコツ、理不尽まかり通る「真空地帯」なのである。

 ここで私は、半年の間に重営倉5回、さらに軍法会議で監獄入りという、連隊一のフダツキになってしまったのである。

 現役入隊だから私の身許は先刻ご承知、図案なんぞやって女遊びばかりする軟派野郎が来るというので、古年次兵たちがマークして待ち構えていたらしい。近郷近在の農家のセガレどもの中で東京育ちの軟派青年は重点的に攻撃される。ある程度は覚悟して、予備のメガネを1ダース持っていったのだが、それが1カ月しかもたなかったのだから、そのはげしさを察してもらえようか。

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1940年に撮影された東京の町並み ©AFLO

 野砲隊では馬が大事にされる。6頭だてで野砲をひっぱるわけだ。初年兵の仕事はまずお馬さまの世話である。朝に夕に、人間より先にからだの手入れ、馬糞を片づけ、飼いばをやり、それから兵隊どもの食事。古びた木造のうす暗い厩舎でまごまごしていると、とにかく理由もなく二年兵どのになぐられる。私にしてみれば手の早い下町育ち、いままで人になぐられたことのないガキ大将だ。覚悟していたとはいえあまりの無法、軍隊の要領もなにもわからないうちに、なぐられている時間のほうが長いときてはガマンができない。入隊して4、5日目、思わずその上等兵をなぐりかえしてしまった。

1時間半、ムチで叩かれ続ける

 コーリャン米まじりの兵食に下痢をして、夜中の便所通い、たまたま不寝番の姿がなかったから「陸軍二等兵金丸銀三はただいまより廁へ行ってまいります」の申告をやらなかった。もどってくるとS上等兵がいる。ヒマつぶしになぐり出して30分、こらえかねてビンタ一発お返しすると、S上等兵はキョトンとした顔をした。このときは初年兵になぐられては恥だと、秘密にされて済んだ。

 その数日後、S上等兵の不寝番の日、また廁の帰りをつかまった。理由なんぞない。襦袢、袴下で正座させられ、御者の皮ムチで顔面集中攻撃だ。ビシッと頬にこたえる一撃でメガネが飛んだ。ビンタでもそうだが、いちばん痛いのは最初の一発、ガーンときて麻痺するから、あとは衝撃だけだ。しかしムチは2センチ間隔に節があり、それがひきちぎるように顔を裂く。口の中もいっぱいに血がたまり、つぎの一撃でゴボッと吹き出るから、胸に膝に、一面に血が流れる。血の泡を吹きながら「金丸が悪くありました」といわされるが、言葉にならない。そこでまたムチが飛ぶ。1時間半たっぷり、ムチの洗礼をうけて、私はしだいに正気でなくなっていった。