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連載春日太一の木曜邦画劇場

洋装に洒落た仕草。任侠作品以前のギャング映画も高倉健は様になる!――春日太一の木曜邦画劇場

『花と嵐とギャング』

2021/10/05
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1961年(83分)/東映/3080円(税込)

 九月三十日発売の最新刊『やくざ映画入門』は、「これがあればやくざ映画の概要は掴むことができる一冊」として書いたつもりだ。その中では、やくざ映画の歴史についても多くを割いている。

 やくざ映画の最盛期は、鶴田浩二、高倉健の二大スターが看板となって活躍した一九六〇年代後半だ。これらの作品は彼らが基本的には着流し姿をしていることが象徴しているように、「昔ながらの価値観」を重んじる者たちの物語である。義理、人情、仁義――。弱き者のため、あるいは理不尽な力によって虐げられるコミュニティを守るため、我欲や個人の幸福や野心を捨てて命を張って戦う。そんな、「現代」においては廃れてしまった「任侠」の精神が謳い上げられる。

 ただ、そうした「任侠映画」が最盛期を迎える以前の六〇年前後は、それとは正反対の価値観の作品が作られていた。それが「ギャング映画」。ハリウッド映画さながらにスーツ姿の洋装の「ギャング」たちが、己の欲望や野望のために現金強奪などをする様が描かれる。そして、そのギャングたちを演じたのもまた、鶴田や高倉だった。

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 今回取り上げる『花と嵐とギャング』は、その代表作だ。

 銀行強盗によって大金を得たギャングたちが、その金を巡って互いに争うという展開なのだが、ユニークなのはそれぞれの役名だ。ウイスパー、ツンパ、カポネ、ネルソン、ケリー。どう見ても日本人なのに洋風の名前の人物たちが次々と登場するのだ。そして、高倉の役名は「スマイリー」、鶴田は「香港ジョー」。

 字面だけだと違和感を覚える方もいることだろう。が、スーツ姿にパナマ帽を被った派手な洋装、拳銃でのアクション、キザな仕草にセリフ回しと、徹底して「洋風」にこだわった石井輝男監督が描き出すキャラクターたちには、この役名がピッタリなのだ。

 特に高倉は長身で肩幅も広いため洋装の着こなしも見事。後の素朴で武骨な「健さん」のイメージとは異なり、バタ臭い世界にハマっていた。強盗前に妻とキスをする際に帽子でその姿を隠したりと、洒落た仕草も実に様になる。一方の鶴田も、カッターシャツをラフに着こなしながらヨットでクルージングするなど、特有の陰気な重々しさを消そうとする役作りに挑んでいた。

 ラストも牧場を舞台にした西部劇ばりの大銃撃戦になっていて、鶴田も高倉も颯爽と撃ちまくっている。

 やくざ映画前史ともいえるギャング映画での両雄の活躍と、それ以降の任侠映画とを見比べることで、最盛期に行き着くまでの試行錯誤の過程を見て取ることができる。

やくざ映画入門

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