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ジャカルタ発“快速 東葉勝田台行”、スリランカ“昭和末期の日本の風景”、極まる3密…もはやなつかしい? 思わず二度見してしまう“アジアの駅”

2022/01/30
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(4)ゴッテイ駅(@ミャンマー)

「世界で2番目に高い鉄道橋」ゴッテイ鉄道橋を渡る旅客列車【◆】

 ミャンマー第2の都市、マンダレーから北東へ約150キロの山間部に、「世界で2番目に高い鉄道橋」として知られる鉄橋がある。名はゴッテイ橋(Gokteik Viaduct)。イギリス統治時代の1900年に建設され、鋼材を組んだ橋脚が並ぶトレッスル橋という方式が採用されている。

 日本でトレッスル橋として名高いのは、明治45年(1912)から平成22年(2010)まで山陰本線で使用されていた旧・余部橋梁(兵庫県)だろう。だが、ゴッテイ橋はそれより10年以上も先輩で、未だ現役なのだ。

旅客列車がゴッテイ鉄道橋の上へと進んでいく

 旅客列車が通過するのは1日1往復、つまり上りと下りの各1本だけ。その貴重な列車が鉄橋を渡る時間帯に、ミャンマーの国内外から観光客がやってくる。1日2回の列車の発着時には、最寄りのゴッテイ駅は観光客と物売りの地元住民の声に包まれる。

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線路に腰かけている物売りから食料を購入。女性の顔に塗られているのは「タナカ」と呼ばれるミャンマー独特の化粧品(ゴッテイ駅)

 鉄橋は本来、軍事施設なので、軍事的緊張感が強い国では撮影はご法度である。だが、2010年代の文民政権下では、いちおう警察官が橋の入口に立っていたものの、大勢の観光客たちによる記念撮影を制止することはなかった。観光客が嬉々として鉄道橋梁を自由に撮影している光景には、軍事政権時代が長く続いたミャンマーの変化を強く実感させられた。

ゴッテイ鉄道橋の前で記念写真に興じる観光客。このときはほとんどがミャンマー国内からの旅行者だった【◆】
安全確保のため、足元に「進入禁止」を意味する木の棒が線路上にわたしてあるが、少しくらい立ち入っても、警察官も何も言わない(ゴッテイ橋)

 その後、コロナ禍の2021年2月にクーデターが発生し、ミャンマーは再び軍事政権の時代に戻ってしまった。地元住民よりも観光客の方が多かったあの「世界第2位の鉄道橋」とその最寄り駅は、コロナ禍と政変とが重なって、少なくとも国外からの観光客はほとんどいなくなってしまっていることだろう。