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連載大正事件史

「殺すか殺さないかの分かれ目は、相手が自分の言うままになって楽しませてくれるかどうか」空前の連続少女暴行殺人“吹上佐太郎事件”とは

「殺すか殺さないかの分かれ目は、相手が自分の言うままになって楽しませてくれるかどうか」空前の連続少女暴行殺人“吹上佐太郎事件”とは

吹上佐太郎事件#1

2022/07/24
note

取り調べに際して「何という間ぬるい捜査だ」と豪語

 同記事には、警視庁に護送された佐太郎の、その後も一貫するふてぶてしい態度が書き留められている。

「同人は警視庁係官の取り調べに際して『何という間ぬるい(手ぬるい)捜査だ』と豪語している」

 森長英三郎「史談裁判」は、調べに対する佐太郎の供述を次のように書いている。全く身勝手な理屈だが……。

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「警視庁では出口警部らが取り調べたが、『18~19人はやっつけたことになっていますから』と不敵の態度を見せた。これまで少女を強姦すること九十余名に達するというが、殺すか殺さないかの分かれ目は、相手が自分の言うままになって楽しませてくれるかどうかであり、自分の言う通りに体を提供してくれれば『生き別れ』、そうでなければ『死に別れ』だというのである」

「写真を撮るなら、降りてからよっく写してもらいましょう」

群馬への移送決定を報じる上毛新聞

 8月9日付上毛には「稀代の凌辱殺人魔 本縣(県)へ引取る」という記事が載っている。「本件をはじめ長野、茨城、埼玉、神奈川、栃木、東京、千葉の各府県で十数名殺害したことが分かったが」、身柄の引き取りについて意見が分かれ、「数回交渉の結果、いよいよ本県において引き取ることに決した」とした。結局、計3件を抱える群馬県警察部が処理を担当することになったとみられる。

 9日夕方、佐太郎は3人の警察官とともに車で前橋署に到着した。11日付上毛は連載企画も含めて3面の半分以上を使って大々的に報道。「惡(悪=にく)むべき凌辱殺人鬼 此世の名惜(なご)りに放語」が主見出しだが、記事の印象はかなり違っていて、残虐な連続少女暴行殺人容疑者の扱いとは思えない。

 (午後)6時を打って10分過ぎたころ、裏門から「群百号」(警察車両)が到着すると、厳重な手錠をはめられた凶漢佐太郎は、紺サージ(背広などに使われた綾織の生地)の夏外套を弁慶縞(歌舞伎「勧進帳」で弁慶が着た縞柄)の浴衣の上に着て、大胆不敵な微笑をたたえている。「写真を撮るなら、降りてからよっく写してもらいましょう」。護衛の清水警部や亦野刑事とは車中で既に別懇(特に懇意)の間柄然としている。「おや、あなたはどこかで見たことがあるようだ」。佐藤保安課長の顔を見るとそう言った。「この間、警視庁へ君を訪ねたろう」「どうも、どこかで見覚えのある方だと思った」。そううなずき、手錠をはめられたまま、電車軌道に面した階下の刑事部屋に入る。

「少し疲れているからビールでも」エスカレートしていく異様な雰囲気

 一種異様な雰囲気はその後、さらにエスカレートする。

「もうどうせ死刑に決まっているので、ただこれからの念願は、支那人や外国人のようなみじめな死に方はしたくないと思うんです。日本人らしくきれいに死へ就きたいんですよ」。そう活発に言って手錠を外してもらい、所持してきた行李の中の浴衣に着替えて、あぐらをかいて扇子を使う。「旦那、少し疲れているからビールでも」「ようし」。注文に応じ、持ってきたがま口の22円いくばくかのうちからビールを求めて与える。舌鼓を打ってきれいに飲み干すと、歯切れのいい江戸弁で奇説を吐く。「まあ、この中には新聞記者はいまいと思いますが、私の一言一句の語気が荒いんで、この間、東京の新聞では1号見出しでこんな大きく(指で段数を示す)『警視庁で稀代の凶漢が威張る』なんて書かれましたが、決して威張るんでなく、華族の前でも皆さんの前へ出ても、生来の快活性、まあ虚心坦懐な性質からなんですから、新聞に書くとしても誤解のないように」なんてくぎを刺し、陽気な殺人犯人らしく破顔一笑した。