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《高校野球と体罰》「これは指導ですか? 体罰ですか?」 12年前の凄惨な“自殺”事件が変えた「指導者の“しごき”感覚」【いじめ、パワハラ…消えぬ“不祥事”】

2022/09/12
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まず「社会で受け入れられる指導を実践する」こと

 甲子園出場43回、夏の大会では準優勝3回を誇る熊本工業の田島圭介監督(41)が、2019年4月に監督に就任して真っ先に取り組んだことがある。それは「選手の意識改革」だった。

 田島監督の高校時代、熊本工業の先輩と後輩の関係は「かなり一線を引いたもの」だったが、監督自身はそれが当たり前だと思っていた。

写真はイメージ ©️iStock.com

 けれども、早稲田大学に進み、卒業後再び熊本に戻ってから他の高校で野球部の指導をしているうちに、自分が当たり前だと思っていたルールが、「何か違う」ことに気づき始めたという。

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 そうして19年に母校の監督に就任した田島が思案し、まず決めたことは「社会で受け入れられる指導を実践する」ことだった。 

 例えば、熊本工業では学校生活のなかで1年生が先輩と顔を合わせたら「こんにちは! こんにちは! こんにちは!」と3回あいさつするのが当たり前とされていた。

 だが、こんなあいさつが通用するのは学校のなかだけで、社会に出たらまったく通用しない。田島はその点を上級生に指摘した。

「会社で上司に熊工流の挨拶をやってしまったら、『なんだあれは』と驚かれてしまうか、嫌がられてしまうかのどちらかだよね、と。『こんなルールは、社会では通用しないぞ』と改めさせるようにしました」

 一般常識と照らし合わせて、部活動での人間関係も作り上げていく。よくよく聞いてみれば至極当然のことだが、これが当時の熊本工業には難しかった。

熊本工業の田島圭介監督 ©️双葉社

校内でしか通じない独自のルールに“がんじがらめ”だった子どもたち

「熊工の世界だけで生きていくなよ」

 田島は、選手たちに必ずこの言葉を伝えるようにした。

 当時の野球部は、あたかも「こうしなければいけない」「こうするのが当たり前」と、部全体が熊工でしか通じない独自のルールによって“がんじがらめ”になっているように見えた。しかし、それらに縛られてしまうと、選手個々人の臨機応変さがなくなってしまう。ひいてはそれが日常生活を飛び越えて、野球にも影響してしまう場合がある。

※写真はイメージ ©️iStock.com

「今年(2022年)も新1年生を迎えるにあたって、3年生と2年生が『強い組織を作っていく方法』について話し合いました。『みんなが1年生のときはどうだったの?』と聞いたら、『実はこんなことが嫌でした、あんなことも嫌でした』といくつもの“改善点”が出てきたのです。

 そんな話をひとしきり聞いてから、『それなら自分たちが嫌だと思うことは止めよう。そうじゃないと野球に打ち込める環境にはならないぞ』と伝えて、彼らは改善点を自ら定め、実践してくれています」

 見た目はプロ顔負けの恵まれた体躯を持つ選手だったとしても、彼らはまだ15~18歳の子どもなのだ。彼らに寄り添い、導いてあげることも監督としての自分の役目だと田島は考えている。

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