「親は子どもを懲らしめ、戒めることができる」

 日本の民法にはそんな条文が存在する。“懲戒権”と呼ばれ、体罰や虐待を正当化する口実になることも多かったため、長年にわたって問題視されてきた。

 民法の822条「親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる」というのがそれだ。

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 明治時代の1898年に制定され、戦争が終わっても手をつけられず、2011年の民法改正でいよいよ撤廃かと思われたが、「しつけが難しくなる」などの反対を受けて現在まで生き延びてきた。

三輪記子弁護士。先日第2子を出産された ©文藝春秋 撮影・佐藤亘

 それが今年の国会でいよいよ撤廃される見通しだ。日本の子育てはどう変わるのか、体罰を理由に親が逮捕されるような事態が増えるのか――。

 弁護士であり、先日2人目の子どもを出産された三輪記子さん(45)に、『ルポ保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』(朝日新書)などの著書を持つジャーナリストの秋山千佳さんが話を聞いた。 (全2回の1回目)

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懲戒権の削除は「やっとか」

――懲戒権が削除されるという一報を、三輪さんはどう受け止めましたか。

三輪 「やっとか」というのが正直な感想です。懲戒権については、手元にある家族法の2011年版の教科書でも「監護教育権の範囲に含まれるのであえて規定する必要がない」、つまり条文として必要ないのではと指摘されています。私自身、弁護士になってから10年ちょっとの間に懲戒権に言及した相談者は1人か2人いたかな、というくらい。私はこの条文を使った書面を書いたことはありません、もはや「時代遅れ」といえるものだったんです。

――明治民法から120年以上残ってきたものですからね。これまでにも何度か改正が検討されながら、「正当なしつけができなくなるんじゃないか」という反対の声が根強くありました。

三輪 今でも、強硬にそう主張する人たちはいます。たとえば2013年に判決が出た事件で、児童相談所が虐待を判断して子どもを一時保護したことについて、親が「民法822条に基づき親の懲戒権として許容される『体罰』と他法で禁止される『体罰』の関係が不明確」等と主張して、市や県、国を訴えたことがありました。

©文藝春秋 撮影・佐藤亘

――暴力を振るったこと自体は認めつつ、民法を根拠に正当な暴力だと主張したわけですね。

三輪 そうです。でも判決は親の敗訴でした。裁判所は判決の中で「…民法822条が規定する懲戒は,親権者による子の監護教育上,子の非行及び過誤を矯正善導する目的で,その身体又は精神に苦痛を加えるものであるところ,その目的を達するについて必要かつ相当な範囲を超えてはならない上,懲戒の方法及び程度は,健全な社会常識の範囲を逸脱するものではあってはならず,このことは平成23年法律第61号による民法822条の改正前後を通じて同様であるものと解される」と述べています。

 これから懲戒権の規定がなくなれば「暴力だけど許される範囲の暴力である」という主張がされたとしても「許容範囲の暴力」の存在を基礎付ける根拠は法律上どこにもない」と明確に否定できるようになると思います。