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三輪 私がそういう子どもだったので、父親は母親に「お前の育て方が悪い」としょっちゅう言っていました。でも私はそれを聞きながら「いや親の育て方じゃなくて、私が選択した結果としてこうなっているんだけどな」と思っていました。

――三輪さんが主体的に、親の期待とは違う行動を選んでいた。

三輪 そうそう。子どもの志向とか性格を暴力で変えることはできないですよね。一方で、親が教育費を湯水のように使ってくれたことには感謝しています。親が環境を整えてくれたおかげで勉強できましたし、反抗することもできました。

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©文藝春秋 撮影・佐藤亘

――以前のインタビュー(『東大女子という生き方』文春新書)では、教育費として受け取ったお金の一部が彼氏とのホテル代になっていたという話も……。

三輪 ごく一部ですよ(笑)。学費も含めたら年間相当の金額を使ってくれていたので、数万円なら誤差の範囲だと思います(笑)。

――まあそうですね(笑)。

三輪 親が自分の期待どおりの人間にしようと思って出したお金を、ホテルも含めて私は自分で設定した目的のために使うことができた、ということです。胸張って言えることではないんですけどね。東大へ行ったという部分だけを見れば親の期待と一致していたかもしれませんが、その過程や私自身の価値観は親の期待通りにはなっていないと思います。

――それを三輪さん自身が実感されてきたから、子どもに親の期待を押しつけても無駄だと。

三輪 はい。子どもをコントロールしようとしてもその通りにはなりませんし、ムチ=暴力は基本的には無駄だと思います。飴=お金も程度によっては子どもをコントロールする手段になる可能性があるので注意が必要かもしれませんが、ムチはプラスには使えないと思います。

「自分は悪くない、正当な暴力だった」と言い張る親

――科学的にも、しつけのための体罰はマイナスの効果しかないという研究結果が世界中で出ています。

三輪 それでも日本の子育てはなかなか変わってこなかった、とも感じます。先ほどご紹介した裁判例もそうですが、裁判所によって子に対する暴力が認定されたとしても、それについて「自分は悪くない、正当な暴力だった」と考える方もいるんですよね。その主張の根拠として「懲戒権」という法律上の文言が使われてしまうわけですから、そういった使われ方をしないようにするためにこの文言が削除される時代になってきたのはいいことだと思います。

――ひとつ気になるのは、懲戒権が削除されたとして、昔の三輪さんのように酔っ払って帰ってくる学生がいた場合です。「未成年者飲酒禁止法」では、親が子の飲酒を知ったら制止しないといけないと定められている。三輪さんは体罰で制止されたわけですが、三輪さんなら体罰のかわりにどうやって制止しますか。

三輪 私自身は「背景にアプローチする」という視点を常に持つようにしています。弁護士として少年事件を担当する時も、誰かを殴ったという事実があれば「なんで殴ったの」と理由を聞くようにしています。殴るのは悪いことだけど、殴ったことにも背景があるだろうと。その背景を変えられれば、殴るという現象が表れないようにすることもできる可能性がありますから。

――なるほど。それを酔っ払いのに当てはめると、親としてはなぜ泥酔するほど飲んだのか聞くということでしょうか。

三輪 そうなるでしょうね。せっかくなら学生に反省を促したいじゃないですか。でも酔っている状態で殴っても反省できないので、まずはお水を飲ませて酔いを覚まして、翌朝落ち着いて話をしようという方が合理的だと思うんですよね。

――確かに。ちなみに三輪さんは、学生の時に泥酔していたことは反省しているんですか?

三輪 うーん、率直に言うとそんなに反省してないですね……(笑)。そこまでめちゃくちゃ悪いことだったとは思っていないというか。だから息子が学生になって泥酔して帰ってきてもそんなに怒らないかも……。

――そんな気はします(笑)。ここからは三輪さん夫婦の子育てについても伺っていきたいと思います。