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「あばずれ支援か」とヤジも…保守層から目の敵にされた「内密出産」が国に正式に認められた理由

「あばずれ支援か」とヤジも…保守層から目の敵にされた「内密出産」が国に正式に認められた理由

2022/10/16
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ガイドラインに足りないもの

 一方、法律家の床谷文雄氏(奈良大学教授)はこのガイドラインでは2つの対立する権利の調整はできていないと指摘する。

「子どもの出自を知る権利はガイドラインの中に何度も繰り返し出てきますが、女性の権利に関しては、『出産を知られてはならない事情のある女性』という言葉にとどまっていて、それを権利として認めてはいません。ですが、子どもの出自を知る権利にしても日本の法律に権利として明記されているものではありません。その意味では、平等に取り扱っているとは言えない」

床谷文雄・奈良大学教授

「法律ではなく、あくまで方向性を示した国の指針、それがガイドラインです。これまでの国と自治体、慈恵病院とのやりとりをまとめ、出産受け入れ、出産後の女性の意思の確認、出自情報の管理など、『内密出産のやり方』をまとめたもの」(床谷氏)

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 ガイドラインは慈恵病院だけを念頭に置いたものではない。今後、新たに内密出産の実施を検討する病院と病院の所在地の自治体、児童相談所が、自分たちで独自に規定をつくって母子の安全な出産が可能になるように整えることをガイドラインは促す。規定に入れ込むべき項目や手順、それらの一定の基準についても大まかな枠組みを記している。

 東京では複数の民間病院が赤ちゃんポストの運営の検討を始めた。それらの病院が赤ちゃんポストに加えて内密出産の実施も検討するとなれば、このガイドラインをひとつの目安とし、自治体や児童相談所と協力して規定をつくることになる。

 だが、「内密出産を検討している病院が実施に進むにはこのガイドラインには曖昧な点が多い。(これをもとに)実施に踏み切るのは難しいのではないか」と床谷氏は言う。特に床谷氏が懸念を示したのが、出自情報の管理を病院に任せている点だ。先行するドイツでは、2014年から内密出産法が施行され、現在までに内密出産で約900人が誕生しているが、出自情報は連邦家族省に付属する役所に保管される。特定法がない日本の現状では、病院が保管するより他に選択肢がないが、情報管理体制に不安定さが残る。