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当時25歳の留学生を殺害し食べた…「人食い日本人」と呼ばれた男の“一変”パリ人肉事件・佐川一政という男

当時25歳の留学生を殺害し食べた…「人食い日本人」と呼ばれた男の“一変”パリ人肉事件・佐川一政という男

2022/12/29

genre : ニュース, 社会

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 フランスでは予審判事が捜査検討して起訴の判断をするが、心神喪失であれば不起訴になる。刑法典では精神状態の判断は犯罪時のこととされているが、実際には、予審中に精神鑑定が行われ、その結果によって判断される。

 精神鑑定は、40分ほど話を聞いて、態度などをメモする。6月18日に逮捕されてから7月一杯までに3回、9月に2回あったという。

「いつもちがうお医者さんなんですけど、とても嫌なのがいたんです。何を言っても突っかかってくるんで、もうおしまいの頃は頭に来ちゃって殴りかかりそうになったんです」

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 私は失笑してしまった。「凶暴性を試したんですよ、40分我慢しすぎじゃないですか 」というと佐川も笑った。

 時間が気になって腕時計を見ると、「大丈夫です。タイマーがありますから」といい、話をつづけた。しばらくして「ブー」とタイマーが鳴り、看守が急かせた。

 この4日後クリスマス前の面会日に行くと面会禁止になっていた。

2年半後、パリ郊外で出会った佐川は一変していた

©文藝春秋

 1983年3月30日、佐川は不起訴処分となった。

 佐川の父親は、心神喪失で不起訴という方針ですすめていた。被害者遺族が最後まで抵抗したためになかなか処分決定が出なかったが、ついには予審判事が日本に行って子供の時の病歴までもちだして判断を下した。

 処分発表からまもなくして、刑務所から移送されたと知り、パリ郊外の保安施設に彼を訪ねた。精神病院の一棟だが、案内図には載っていない。叫び声など聞こえて、佐川自身「ひどい奴らばかりでおかしくなりそうだ」と言っていた。普通は日常生活が送れないようなレベルでないと起訴だ。佐川の場合、恣意的に判断がなされ、日本に送還されたという感は否めない。

 ガラス越しではなく、テーブルで佐川と話した。2年半ぶりに再会し、ずいぶん変わった、と思った。人喰いは文学の重大な一つのテーマだが実際に知っているのは自分一人だけだ、殺人者の心理も知っている、自分こそ作家となるにふさわしい、そんな「確信犯」に近い顔をしていた。

 朝から晩まで、くり返しくり返し“その時”のことが思い出され、どうしてあんなことをしてしまったのか……という取り返しのつかない苦しみを、行為を正当化することによって克服しようとしたのではないか――。私にはそう思えた。

 刑務所でみた恥じらい、謙虚さ、客観的に自分を見る目はもうすでになかった。あの時には少なくとも人間の命を奪ったという絶対悪への悔悟の重みを背負っていた。

当時25歳の留学生を殺害し食べた…「人食い日本人」と呼ばれた男の“一変”パリ人肉事件・佐川一政という男

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