1981年に発生した「パリ人肉事件」。
オランダ人女性を殺害したとして逮捕された日本人留学生の佐川一政氏(当時32歳)がその遺体を屍姦し、しかも生のまま、またはフライパンで焼いて食べていたというショッキングな事実が発覚すると、フランスや日本だけに留まらず、世界中から関心が寄せられた。
事件から41年――。2022年11月24日に佐川氏が死亡したことを受け、前代未聞の猟奇的なこの事件へまた注目が集まっている。
当時、佐川氏とともに世間から好奇の視線を送られ、強い批判の標的になったのが佐川氏の家族だ。弟である純氏は、2019年に出版した著書『カニバの弟』(東京キララ社)で、事件発生当時、次々と明るみになる事実や報道陣に翻弄される佐川家の様子を克明に記している。純氏は「まえがき」でこう述懐している。
「本書の出版と相次ぐ僕のアピールは、世間からのバッシングの対象になるかもしれません。古くからの友も失うことになるかもしれません。けれどそれに対してはあえて受けて立とうと思います」
“加害者の家族”がどうしても伝えたかった“事件の裏側”とは――。ここでは本書から一部を抜粋して紹介する。
◆◆◆
一家団欒の円満な食卓を引き裂くように電話のベルがけたたましく鳴った。あの事件だ。受話器を取ると祖母からだった。
「ああ、純ちゃんなの? おばあちゃんじゃけど、今ね、テレビでニュースやっとるんよ。たぶん違う人かも知れんけどね、一政ちゅう人がフランスでね……」
僕はすぐにテレビのスイッチを入れた。父親と母親が不安そうに僕の顔を見ている。ニュースを見るふたり。
「なんやのこれ。なんかの間違いやね、きっと」
しかし、僕は間違いだとは思わなかった。すぐに兄貴のことだと思った。なぜなら、過去に似たようなことがあったからだ。
大学4年生ぐらいのときに兄貴は事件を起こした。ドイツ人のお宅に忍び込んで捕まってしまったのだ。それが兄貴の最初の事件。鞄に縄とかを仕込んで侵入したのだ。縛ってしまえば何とかなると思ったのだろう。抵抗されて未遂に終わったが、警察を呼ばれてしまった。最終的には示談で済んだので事件にはならなかったが。