お見合い相手の叔父に食べる様子を伺われていた
世間はいつまでも兄の事件を忘れてはくれない。兄の事件の影響で破談になった話をまとめてみたい。
まずは生涯で唯一のお見合いの話。事件の10年後のことだった。母親の知り合いが、僕に紹介したい女性がいるので会ってみないかと言う。僕の方は兄の問題があったが、向こうにもそれなりの事情があった。その女性の母親が自殺したらしく、叔父と叔母が親代りになっていた。そしてお見合いは、お決まりの料亭風な場所である。後日、2人だけで会う約束をして、その日はお開きとなった。
そして懐かしい鎌倉でのデート。僕は大いにしゃべくりまくった。好きな女性とは上がってしまい上手くしゃべれないのに、そうではない女性(ごめんなさい)となら気兼ねなく話せるのだから、僕はなんて不器用なのだろう。その後も3回ほどデートを重ねた。その内の1回は彼女の叔父と叔母も同席した。食事は“エビフライ”だ。いやな予感がした。やたらと叔父さんたちが、僕の食べる様子を伺っているからだ。
「純さんは海老の尻尾は食べないのかな?」と叔父さん。「来たー!」と僕(もちろん頭の中で呟いただけだが)。おそらく彼らは、彼女の親代わりとしての責任があるから、相手の男がちゃんとしたヤツかどうか確かめたかったのだろうと思う。まあ、海老の尻尾を食える人間がちゃんとしたヤツかどうかの基準になるかは甚だ疑問だが。
よせばいいのに、僕はその経緯をすべて両親に報告してしまったため、幸か不幸かこの話しは破談になってしまった。後になって彼女の叔母が悔しさのあまり雑誌を数冊手に掴んで、破り捨てたそうだ。破談がよほど悔しかったに違いない。大変失礼しました。
二次会でいきなり歌い出した“超難曲”のアリア
見合いではないが、あるときオーケストラの仲間が「おまえに紹介したい女性がいる」ということでデートすることになった。あるアマチュア・オーケストラでヴァイオリンを弾いているらしい。
当時、毎年10月に“大銀座まつり”というのがあった。この催しは、銀座一丁目から新橋に至るまでを派手に電飾された車にバンドなどを乗せてパレードするというもので、通り周辺のお店がスポンサーになっていた。そのひとつに資生堂があり、当時テレビコマーシャルでもお馴染みのヒットソングが流れ、明るく照らし出された車の上にはモデルたちが踊っている。スモークが焚かれ、雰囲気は最高潮だ。
銀座通り沿いのビルの4階に父親の知り合いのメガネ店があったので、その場所を借りて見物する、という贅沢なデートだった。興奮冷めやらぬうちに、暖炉を囲んで飲めるお店があったのでそこで二次会となった。音楽の話で盛り上がったのだが、しばらくすると彼女がいきなりモーツァルトの喜歌劇『魔弾の射手』に出てくる「夜の女王」のアリアを歌い出したのだ。