《ルネを殺したのは、食べる為、彼女がとてもおいしそうだったから、食べたくて殺したのです》
これは、世界を震撼させた“ある殺人鬼”が書いた手紙の一節だ。この手紙は「週刊文春」(1983年4月28日号)に掲載された。
手紙の差出人は、1981年にフランス・パリでオランダ人留学生の女性をカービン銃で射殺し、その遺体を遺棄したとして逮捕された日本人留学生の佐川一政氏(当時32)。この事件の詳細が明らかになると、世界は震撼した。
佐川氏は女性の遺体を屍姦したのち、一部を生のまま、あるいはフライパンで調理して食べていたのだ。
佐川氏は現地警察の取り調べに対し犯行を認めたが、精神鑑定で「心神喪失状態」とされ不起訴に。日本へと送還された後も刑事責任を追及されることなく、手記『霧の中』を皮切りに作家へと転身した。
しかし2013年には脳梗塞の疑いで都内の病院に入院し、2015年には寝たきりの状態となった。そして今年12月1日、肺炎のため都内の病院で先月24日に死去していたことが遺族らから公表された。
病床の佐川氏を長年介護してきたのが、実弟の純氏。事件から38年――。純氏は介護の最中にあった2019年に、兄に関するエピソードなどを綴った『カニバの弟』(東京キララ社)を上梓している。
佐川氏とは仲の良い兄弟だったという純氏。しかし純氏には“兄の異常性”が見えていたという。本書から一部を抜粋して紹介する。
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幼い頃の8ミリフィルムが残っている。
映画『カニバ』をご覧になった方はお分かりのように、僕たちは仲の良い兄弟だった。兄が“うしさん”僕が“とらさん”に成りきって転げ回るふたり。兄は常に弟をかばい、たくましい兄でいたかった。僕は弟としては何にも考えずにやってきた。
兄というものは、あるいは姉というものは、という意識を、みんな抱えて生まれてくるのだろうか。それとも環境にそう育てられるのだろうか。それは分からないが、兄貴は兄らしく振る舞おうとしているな、と。小さい頃は感じなかったが、大人になってから、そんな風に考えるようになった。
兄が自分の体が同世代と比べて劣ることを意識、無意識に関わらず考えるようになったのは自明の理だ。しかし、思春期を迎えた兄の劣等感はいかばかりだったか、と思う。僕はその辺りに関して、あまり意識していなかった。それに兄弟間にライバル心も芽生えてくる頃だ。その辺の意識が複雑に絡み合ってくると、つまらないことがきっかけでケンカをする。そうなると、体の中にくすぶっている感情がむき出しになる。男同士のいがみ合いは、醜い。