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東海道新幹線「のぞみ」の“ナゾの通過駅”「静岡」には何がある?

「家康さんといえば静岡」ですが…

2023/01/09

genre : ライフ, , 歴史, 社会

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改札口を抜けると…

 改札口を抜けると、新幹線と在来線の改札どちらにも面する高架下の自由通路。改札の対面にはアスティ静岡という駅商業施設があって、北口側にはパルシェという駅ビルもそびえる。駅の中のどこを歩いても人通りが途切れることはなくて、ケチのつけようのないほどの大ターミナル・静岡である。

 そして静岡に来たならば、やはりさっそく家康さんを探さねばなるまい。だいたい、郷土の英雄は駅前かどこかに銅像が建っているものだ。さて、家康さんは……。

 静岡駅前の家康さんは、なんとふたりもいた。どちらも北口の駅前広場。バス乗り場とタクシー乗り場のちょうど間の小さなスペースの脇に、「竹千代君像」。

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 竹千代とは家康さんの幼少期の名で、つまり駿府で今川氏の人質になっていた時代のお姿だ。隣には、その今川、今川義元の像も並ぶ。なんだか微妙な気分になる並びだが、今川義元像は2020年に新しく建てられたものだという。

いきなりふたりも家康さんがいる「静岡」の駅前。こちらはひとり目の家康さん(左)。隣にいるのは今川義元

 静岡というと家康さんばかりが目立つところで、逆に今川義元は桶狭間の戦いで信長に討たれたヒール役、というのが一般に流布されたイメージだ。が、実際には分国法の拡充・整備や金山開発などを手がけ、領土も遠江・三河にまで拡大させた大人物。今川義元も、家康さんと並んで郷土の偉人であることには変わりがない。

もうひとりの家康さんは…?

 さらにもうひとりの家康さんは、タクシー乗り場の向かい側、国道1号がズバッと駅前を通っているその路傍に建つ。竹千代君は子どもだから小さい像なのだが、こちらは堂々たる大きさで、なんでも老年期の家康さんだとか。つまりは、大御所・家康。

こちらがもうひとりの家康さん。時代は一気に老年期へ

 家康さんが大御所として駿府で暮らしていた時期は、二代将軍秀忠のいる江戸と並んで駿府も政治の中心地になっていたそうだ。そしてこの時代に家康さんが整えた駿府の城下町が、いまの静岡市街地の原形になっている。やはり、家康さんは偉大なのである。

 そんなこんなで、立派な家康さんが築きし静岡の町、駅から離れてもう少し歩いてみることにしよう。

「国道1号を渡ると、そこは静岡の中心市街地だ」

 ……といっても、静岡の市街地は駅前の国道1号を跨いでほとんど隣接しているといっていい。

 これが人口200万人を超えるような名古屋や大阪といった超大都市になると、ターミナルと中心市街地が離れていることも珍しくない。そこまでの大規模ではなくても、近世以来の市街地とターミナルは案外距離があるものだ。人々が密集して暮らす城下町のど真ん中に鉄道を通すのはムリがあるから、いたしかたがないことだ。

 その点、静岡はちょうどよい。ひっきりなしにクルマが行きかう大動脈・国道1号がまるで大河のごとく駅前と市街地を隔てているが、横断歩道や地下道を渡ればいいのだからさしたる問題ではない。そうして国道1号を渡ると、もうそこは静岡の中心市街地だ。