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働いてわかった“デフレ・ビジネス”ユニクロの限界

横田増生×佐々木俊尚 『ユニクロ潜入一年』を語る(後編)

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「人手不足倒産」なんて記事はバカじゃないか

 佐々木 そこに一生いるのかと思うと……。横田さんのルポを読んでいると、アルバイトしている大学生は、みんなコミュ力が高そうですね。ハツラツとした感じの人が多い印象を受けました。

 横田 優秀な若者たちでしたよ。逆に就職活動では、ユニクロのアルバイトは箔がつくというか、「厳しいところで鍛えられた」という評価を受けるのかもしれませんね。

 佐々木 日本社会全体が「人手不足」と言われる状況では、今後ユニクロが働き手を確保することも難しくなりそうです。

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 横田 昨年末は、アルバイトでも時給2000円の求人が出てきています。ユニクロは、アルバイトの時給にそこまで出せないですからね。

 佐々木 それはビジネスの構造的に、ですか?

 横田 いや、構造的というよりも、柳井社長の気持ちの問題でしょうね。生産性が上がっていないのに、今以上の時給を払うのは、気持ちとして許さん、ってことだと理解しています。

 佐々木 そうなのか……。

 横田 ただ、100円の鉛筆を50円で買えたらお得ですけど、人件費を半分にしたら、働く人のヤル気まで半分になるじゃないですか。そのあたりの働く人の感情をあまり気にしてないように見えますね。

 佐々木 でも、そういう企業は、退場せざるを得ない時代がまもなくやってくる。

 横田 労働人口が減っていますからね。

 佐々木 最近も、ラーメンチェーンの幸楽苑が50店舗ほど閉鎖しましたね。結局、時給1000円をベースにしてコスト計算している会社は、早晩成り立たなくなる。これは景気が良くなった循環のひとつの現れではあるんだけど、一部の経済メディアでは「人手不足倒産深刻化」なんて書かれていて、個人的には「バカじゃないのか」と思ってしまいます。

 横田 生産性に問題がある、みたいな論調に流れるわけですね。

労働人口は減少している ©iStock.com

これこそデフレマインドからの脱却

 佐々木 結局、「失われた20年」のあいだ、ずっと人件費コストを下げて、切り詰めて、しかも従業員に過剰労働をさせて、ようやく薄い利益をあげてきたビジネスモデルが、ついに終わりを告げようとしているわけです。消費者の側も、多少お金を出しても、いいものを買いたいと少しずつ気持ちが変わってきている。これこそデフレマインドからの脱却に他なりません。

 横田 日本のGDP(国内総生産)の半分は個人消費で、その個人消費が冷え込んだことがデフレ不況の元凶なのに、消費の元手になる人件費が増えたら「企業にとっての重荷だ」と経済メディアが書くわけですから、おかしな話です。

 佐々木 実際、ヤマト運輸が昨年に入ってから値上げをしましたけれど、それに対して否定的な感想を言っている人はあまりいません。あんな大変な思いをして、再配達で苦労しているんだから、少しくらい値上げするのは当然だよね、という空気になっている。ヤマトの配達の人にお給料が少し還元されるなら、それでいいじゃない、と。

 横田 いい流れですよね。ただ、本当に値上げの分が人件費に回るのかどうか、その点はしっかりチェックしないといけませんが、ようやく「失われた20年」が終わりを告げそうな気配はあります。