会社を辞めて製菓の専門学校に
ところで、近藤さんの特技は、なにを隠そう「お菓子作り」。売り子への本格的な転身は、正社員として入った会社を一度退社し、製菓の専門学校に入りなおしたことがきっかけでもある。
「僕がいまも所属している川島屋は、マリンで手がけるソフトドリンク販売だけじゃなく、『マロンド』というパンと洋菓子のお店も千葉県内で8店舗ほどやっている会社で、高校卒業後すぐに入社した当初の配属先も実は後者だったんです。で、そこで働いているうちに自分も洋菓子作りを本格的に学んでみたくなって、いったん会社を辞めて、あらためて専門学校に通うことにした。
もっとも、学校にこそ通いはしましたけど、そっちのほうには自分で店を構えたりするような才能はなかったようで（笑）。いつのまにか、新入社員のときに手伝いで行って、すごくやり甲斐を感じた売り子のほうにバイトで復帰して、それが“本業”になっていったんです」
ちなみに、“コロナ前”にはその腕前を活かして、売り子仲間に手作りのクッキーを振る舞い、好評を博したこともあったとか。2017年のちょうどいま時分に『パ・リーグTV』で企画された『里崎SA（スペシャルアドバイザー）＆梶原広報のゆる解説』では、実は二人と“同級生”でもある近藤さんがゲスト出演。“近藤さんプロデューススイーツ”の販売プランも飛びだした。
「その後コロナ禍になったりもして、結局実現はしなかったですが、あの場で出たプロジェクトに、もし本当にゴーサインが出たら、すごく楽しかっただろうなって思いはいまでもあります。僕がふだんよく作っているチョコクッキーには、甘さ控えめでカカオ感がより濃厚なロッテの『ガーナブラック』を使うんです。マリンで売る商品としても、わりとぴったりだと思うんですけどね（笑）」
選手プロデュースならぬ“売り子プロデュース”スイーツがもし実現するなら、数多の仕掛けで球界の先駆者となってきた、いかにもロッテらしい斬新な試み。イチ近藤さんファンのひとりとしても、ぜひコーラとセットで楽しみたいところだが……。
「まぁでも、僕の仕事はあくまで売り子。そこが疎かになっては元も子もないですから、“スイーツ販売”の夢は夢のままでも全然いいんです。とにかく、仕事をするうえで自分に課してきた、怪我をしない、させない。待たせない。商品には最後まで責任をもつ――という、この3つを実直に守ること。
それと、去年はどうしても外せない用事があって、2試合だけ休んでしまったので、今年はなんとか“皆勤”で通したい。それが達成できれば、とりあえず自分としては満足かなって」
むろん、売り子は体力勝負。観客として通うぼく自身も、とりわけフロア4（通称・2階席）に向かう階段の上り下りなんかは、年々「しんどっ！」と感じるようになっている。取材中、近藤さんが何度も前置きしていた「いつまでできるかわからないけど」は、偽らざる本音でもあるだろう。
「自分のなかでは、最低でもあと2年。30周年の節目まではなんとかやりたい、とは思っています。なんと言っても今年はマリーンズも開幕から調子がいいので、リーグ優勝の可能性だってまだまだある。僕も谷保さんと同じで、優勝の瞬間はまだ一度も生で見たことがない。自分が売り子をやっているうちに、それが一度でも実現するなら、もう他に思い残すことはないですね」
いちばん好きな瞬間は、チームが勝って谷保さんの少し弾んだ「試合終了でございます」のアナウンスが流れるとき。ロッテがチャンスをモノにしたときには、たとえビジター席にいても、気づかれない程度に、販台の下で「ヨシッ」とちいさく拳を握ってしまう。
寡黙でシャイ。だけど、誰よりもマリンを愛している、そんな“名物売り子”近藤さんは、今日もチームの勝利とファンの笑顔のために、魂を込めて「コーラいかがですかー？」と声を張る――。
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