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ジャニーズ性加害問題が放置され続けた“日本の残念事情”「男性同士だったか異性間だったかは関係のないこと」

内田舞×ふらいと「ソーシャルジャスティス」特別対談 #2

source : 文春新書

genre : ライフ, 社会

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「加害者に迷惑をかけたくない」子どもたちの心情

ふらいと まさにおっしゃる通りで、小児性加害には多くの場合、グルーミングが関わっています。仲良くなって、その存在が生活の一部に溶け込んだところで、信頼関係をもとに子どもを油断させ、そこから犯行に及ぶというグルーミングが小児性被害の一つの特徴であって、例えば教師や保育士さん、習い事の先生といった子どもたちの生活に大切な人との関係において被害が起きやすいんですよね。さらに小児性被害においては、成人の性被害よりも権力の勾配、力関係の強さが如実に影響してくるという特徴もあります。

 先ほどのジャニー氏の問題であったりとか、米国の体操協会の話だったり、どの小児性被害の問題をとってみても、被害に遭った子どもが権力に対して逆らえないという特徴があり、さらに性被害を受けた子どもたちの心情を記述した論文などを読んでみると、加害者に迷惑をかけたくないと思う子どもたちの割合は結構なものです。

新生児科医・小児科医のふらいと(今西洋介)先生(写真:本人提供)

内田 私は小児精神科医なので被害者側のケアをすることもあるんですが、学生の頃、小児精神科病棟で実習をしていたときに、この問題の複雑さを知りました。親から虐待を受けて入院されているお子さんが結構な割合でいたなかで、虐待者である親に会いたいとか、愛情を示す子どもが多かったんです。その気持ちにも嘘はないんですよね。

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 また、性被害を受けた被害者は、子どもであっても大人であっても、自分はこういった仕打ちを受けて当然の人間だと考えてしまうことも多くあります。その後の人間関係においても、心から信頼関係を人と築くのは不可能だと考えてしまうからなのか、信頼を構築する過程を完全にすっ飛ばして知り合ったばかりの他人と親密になることもあれば、逆に仲良くなった人にわざわざ嫌われるようなことをして相手を遠ざけるといった複雑な心理的作用が働いてしまうこともあります。

 トラウマというのは記憶や感情を押し殺して何とかしのいでいこうとさせるもので、加害者に迷惑をかけたくないと思う気持ちが強いほど、その傾向が強まってしまう。何も記憶はないのに、ある場所に行くと突然ドキドキしてくるとか、匂いを嗅いだ途端にドキドキしてくるというのはよくある例で、押し殺した思いは幻聴や怒りや身体症状といった違う形で出てきてしまうことも多い。それがいわゆるPTSD、外傷性トラウマ性症候群と言われるものです。

 ただ、お伝えしたいのは、PTSDは治療できるということです。治癒までには時間もかかるかもしれない、治療過程で様々なことが思い出されて辛いかもしれない。でも、私はトラウマから解き放たれた例を実際に何度も目にしたことがあります。だから同じような経験をされている方がいたら、希望は持ってもらいたいですね。

ふらいと 日本では、小児思春期医療を診る舞先生のような先生がすごく少ないんですよね。アカデミアとしても全然専門家を育成してこなかった。小児科医は小児性被害をどうしても産婦人科の問題だと思ってしまうところがあるんですが、現実にはもっと低い年齢で被害が起きているわけで、やはり僕ら小児科医が診ていかなければいけない。

 もう一つ、先ほどのグルーミングの話に戻ると、プライベートパーツは「誰にも触らせない」というニュアンスが大事だと強調しておきたいですね。例えばプライベートパーツの話を子どもが親に教えるとしますよね。だけど、子どもは自分が信頼している人だったら大丈夫かな、と思うこともあります。でも、自分以外の誰にも触らせない、信頼している学校の先生でも、友達でも絶対にダメなんだよ、と教えることが大事です。