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終戦、78年目の夏

「最低の人間や。あいつが発明したから死なないといかん」“人間爆弾”と呼ばれた特攻兵器「桜花」発案者に元隊員がぶつけた“容赦ない言葉”

「最低の人間や。あいつが発明したから死なないといかん」“人間爆弾”と呼ばれた特攻兵器「桜花」発案者に元隊員がぶつけた“容赦ない言葉”

『カミカゼの幽霊 人間爆弾をつくった父』より #1

2023/08/13

genre : ライフ, 社会

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「終戦のとき、大田さんへの非難の声もさかんに耳に入ってきました。あんたが桜花というものを上へ、生産をやれと申告しただろうが、ということでね、だいぶひどい目に遭うたようです。殺されてもおかしくなかったでしょうけどね。それで本人も、『これでは生きておれん』という気持ちになったんやろうと思います」

「家族の人にはなにも罪はない」

 終戦の3日後、佐伯は大田が零式練習戦闘機を操縦し、神之池基地を飛び立つのを目撃したという。

「あの人は操縦員じゃない、偵察員やから見よう見まねでね。神之池の滑走路をヨロヨロしながら、ちょうどボロの古いミシンでね、布を縫うように上がっていくでしょう。車輪を出したまま南東の方角に向かって、そのうちに飛行機の姿が1つの点になって見えなくなった。どこかで死のうと思ったんでしょうね。私らも、あっちへ飛んで行ったんなら太平洋に墜ちるしかないと話してたんです」

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 佐伯は隆司に、現在の自分自身の気持ちとしては大田正一への恨みはないと語り、

「大田さんも、飛んで行ったまま海上に不時着して、もし近くに漁船がいなかったら生きておられんかったでしょう。だからまあ、お天道様が生かしてくれたんじゃから。戦争が終わって生き残った以上、こんどは頭を切り替えて自分が生きる方法を考えなきゃならん。自分の生活が大事になるのはあたりまえのことなんで……。私も、復員になって今治に帰ったら空襲で家が丸焼けになっていて、これをどうやって建て直そうかということで頭がいっぱいで、そやからいままで大田さんのことは忘れていました。

 桜花はあくまで70年前のことで、今日こうしてあなたとお会いしても、べつに『あの大田の息子か』なんていう(恨む)気持ちはもうまったく頭にありません。済んだことは済んだことやしね、家族の人にはなにも罪はないんですよ」

 と、つとめて隆司を傷つけまいとする気遣いを見せた。だが、言葉のはしばしに大田への反感はにじみ出てくる。

神雷部隊に対する当時の報道(写真=『カミカゼの幽霊 人間爆弾をつくった父』より)

大田が生き残ったことを赦さない元隊員も

「おそらく復員した連中のなかには、大田さんを憎む立場の人もおったんでしょう。(死にそこねて戦後)逃げ回ってたというのは、それが心の底にあったんでしょうね。お父さんの頭のなかには、死んで目をつぶるまであったと思う、『お前がくだらんものを発明しやがって』という批判がね……」

 ストレートで容赦ない佐伯の言葉は、隆司の胸をするどくえぐった。大田自身が出撃することのないまま生き残ったことを赦さない元隊員もいる。あらかじめ覚悟はしていたが、やはり面と向かって「大嫌いでしたね」「最低の人間や」と言われるのは、大田の息子として心が折れそうになるほどつらいことだった。

 今治から大阪へ帰る道すがら、夕暮れのしまなみ海道を走るワゴンタクシーの車内で、隆司はひと言も発せず、沈み切った様子でただ窓の外を見つめていた。美千代は、そんな隆司にかける言葉もなかった。

カミカゼの幽霊: 人間爆弾をつくった父

カミカゼの幽霊: 人間爆弾をつくった父

神立 尚紀

小学館

2023年6月30日 発売

「最低の人間や。あいつが発明したから死なないといかん」“人間爆弾”と呼ばれた特攻兵器「桜花」発案者に元隊員がぶつけた“容赦ない言葉”

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