本代を惜しまず知識に金をかけて植物学者を志した牧野
それは、「忍耐を要す」「精密を要す」「草木の博覧を要す」「書籍の博覧を要す」「植学に関係する学科は皆学ぶを要す」「洋書を講ずるを要す」「吝(りん)財(ざい)者(しゃ)は植学者たるを得ず」など、15項目にまとめられている。
このうち「書籍の博覧を要す」では、植物に関係する書籍は「悉(ことごと)く渉(しょう)猟(りょう)閲(えつ)読(どく)を要す」ので、本をたくさん買う必要があり、植物学を学ぼうと思う者は「財を吝む者の能く為す所にあらざるなり」としている。また「植学に関係する学科は皆学ぶを要す」では、およそ植物学に関係する分野は、物理学、化学、動物学、地理学、天文学、解剖学、農学、絵画学、数学、文学などがあるので、そのすべてを学ばなければならないとしている。
「洋書を講ずるを要す」では、外国の書籍は「詳細緻密にして、遠く和漢の書物に絶(ぜつ)聳(しょう)しようすればなり」と、和漢の書籍より洋書の方がはるかに優れているので、これを学ばなければならないが、やがては日本の植物学も進歩し立派な書籍が出るだろうから、これは「永久百世の論とするに足らざるなり」との見通しを示している。そしてこれらを一括するように、「財を投ぜざれば、書籍、器械等一切求むる所なし、故に曰く財を吝(おし)む者は植学者たるを得ず」と決意している。
蔵書は4万5000冊、今も高知市の植物園に残る
もちろん、これは牧野が経済的に何ひとつ不自由することのなかった、若い日の話である。ところが牧野は、これを一生を通じて初志貫徹してしまった。牧野は自ら、「牧野は百円の金を五十円に使ったと笑われる事がある」と回想するように、本を買うことにケチケチしていなかった。同じ本でも「版」が違えば買いそろえることがあった。
こうして牧野の蔵書は、和漢洋に及び4万5000冊にも達した。博物学の歴史に詳しい上野益三は牧野の蔵書について、「牧野先生は植物標本と同時に、書物の蒐集でもその右に出るものはなく、その万事徹底せねばやまぬ性格は、植物と名のつく本は、どんなつまらぬものでも集めた。……牧野先生の徹底癖は同一の著書でも版式のちがうものはみな集めた。ちょうど、植物の標本をつくるのに、多数個体を集めて、個体変異を確かめようとしたのと同じ行きかたである」(『博物学史散歩』)と紹介している。