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"万年助手"として77歳まで東大に居座る…やりたいことしかやらない牧野富太郎の究極の「ズボラ力」

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genre : ライフ, 歴史, 働き方, ライフスタイル, テレビ・ラジオ

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東大における牧野の現役時代に、学生として牧野の講義を聞いた植物学者が何人か、その印象を記している(『植物と自然』1981臨時増刊)。

東大生からは「牧野先生の講義は楽しい」と好評だった

それによると、「先生は時間に頓着なく来られておしゃべりを始める」(木村陽二郎)、「先生は適当の時間に来られる。決まっていない。時にはお菓子を持って、時には菜っ葉を引っさげて、登場されるのである。教室はたちまち座談室となり、それからそれへと話がはずむ。……一定の規律はないけれども、まことに滋味あふれる授業であったことを感謝している」(前川文夫)、「先生の講義は型式にとらわれることなく、きわめて自由で、植物に関する幅広い話題にふれ、先生一流のユーモアを交え、時には川柳や都々逸まで飛び出すという誠に楽しいものであった」(加崎英男)、といった調子である。

この思い出から浮かび上がるのは、型にはまらず、時間にとらわれず、ざっくばらんでありながら、心に残る名講義だった、ということである。いわば熟練した職人の名人芸である。職人気質の人は、自らの内発的エネルギーが湧きだすときは時間もかまわず徹底してよい仕事をするが、気が向かなければ、いくら「えらい人」から外発的エネルギーを与えられても、さっぱりエンジンがかからないのである。

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しかし、これを大学のカリキュラム規定とか、近代社会の枠組みという立場から見れば、「学生や教授に迷惑を懸けることは一度や二度ならず」、ズボラということになってしまう。

牧野は「ズボラに見えるのは違うことに凝り性だから」と自己分析

牧野の昭和10年ころまでの業績は、『牧野植物学全集』に集大成されている。その全集を編集した園芸家の石井勇義は編集後記で、「牧野先生の厳密なる態度と、容易に纏めようとなさらない御性分とが、この全集にも反映して刊行が遅延し、……世の中に『頼まれた事は少しもやらずに、頼まれない事ばかり夢中になってやる人』という方があるとしたら、その第一人者は牧野先生であろうと思う」と書いている。