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「ハマスタの照明を見るたびに吐き気がして…」藤田一也が明かしたベイスターズでの苦しみ

文春野球コラム クライマックスシリーズ2023

2023/10/15
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一軍定着のジレンマ

 しかし、その椅子に座ったのは、藤田より4つ年下の石川雄洋だった。若く、足も速く、地元横浜高校から入団したスター候補を、球団は選んだ。相変わらず守備には定評はあるものの、守備固めとしての起用に甘んじていた。課題は、バッティング。元々、バッティングに苦手意識はなかった。しかし、多くの指導者の意見を聞きすぎるために、徐々に自分の形を見失っていく。それには、藤田なりのジレンマがあった。

「なんとか一軍に食らいついていきたい。そう考えると、この打ち方は自分には合わないかもしれないと思っていても、やらなければいけない。当時は、そんな状況だった。自分の感覚は置いておいて、とにかく一軍に残っていたい。それしかなかった」

 バッティングはどんどん悪くなる一方で、相変わらず守備だけはうまかった。そんな藤田は、チームメイトから“自衛隊”と呼ばれるようになった。「守ることしかできない」という意味である。自分で課題が分かっていながら、それを打ち破れない日々が続く。これ以上ないタイミングで空いたチャンスを掴むことができない。そんな自分に嫌気がさしていた。

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「高速道路を阪東橋で降りて、関内駅を右に曲がると、ハマスタの照明が見えるやん。あれ見るたびに吐き気がして、そのまま阪東橋から高速乗って帰りたかった。ホンマに、球場に行きたくなかった」

 個人としてはなかなか成績を出せずにいるものの、チームメイトからの信頼はとりわけ高かった。誰に対しても態度を変えず、チームのためならば、たとえ先輩であっても意見ができる強さ、決して人の悪口を言わない人間性は、後輩たちはもちろんのこと、球団職員からも信頼を得ていた。気がつけば、30歳。いつの間にか、個人よりもチームを優先して動くようになった頃、野球人生の転機が訪れる。東北楽天の内村賢介選手と、1対1のトレードで移籍が決まる。本人にとっても、チームメイトにとっても、電撃トレードであった。あまりの衝撃に、当時甲子園に遠征していたチームメイト、球団スタッフまでもが、全員泣いた。

「圧倒的に、寂しさの方が大きかった。もちろん、自分が不甲斐ないせいでこうなった。でも、チームのためにこんなに動いてきたのに、という思いは、もちろんあった」

 プロの世界は、時に非情である。どんな想いがあろうが、翌日には別のチームでプレーしなければならない。藤田は、これまで築き上げてきたチームでの人間関係、立場、ポジションを全てリセットし、全く新しいチームに放り込まれることとなった。しかし、このトレードのをきっかけに藤田の才能は大きく開花することとなるが、この時はまだ知る由もない。続編では、楽天移籍後に迎える野球選手としての旬から、晩年に差し掛かる心情の移り変わりを描く。

※続編は10月16日(月)am11:00に公開いたします。

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