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言語とタンパク質の「選択原理」

松岡 少しぼくの拙いアイデアを添えると、タンパク質と同じように、言語において似たようなことを考えてみると、言葉をすべてコーディングするのではあまりに膨大になります。途中に矛盾もおきるし、絡みもおこる、重ね合わせや折りたたみや折り合わせということもおこる。したがって言語が確立していく過程では、何かの理由によって「集団符号化」(ポピュレーションコーディング)ではなくて、むしろ「スパースコーディング」(まばらにコード化すること)がおこるようになったのではないかということが考えられるんです。つまり、情報の重複をできるだけ抑えるような言語セットに向かったのではないかということです。

 というのも、幼児は18ヶ月で言葉を喋り始めるわけだけれども、模倣言語にしてもマンマとかワンワンとか、身近なところから入っていくでしょう。2歳で操れる言葉の数は50語くらいになる。それでもまだまだ少なくて、3歳で一気に1000語くらいになりますね。しかし、この言葉の幅の増加は50が1000に一気にふえてポピュレートしたのではなくて、スパースされたものをうまく組み合わせる余地がどこかに潜んでいて、その組み合わせ機能の発現によって一気にふえるんじゃないかと思うんですね。

 その後、6歳では1万3000語くらい、15歳過ぎると6万語くらいに増加幅はどんどん大きくなっていく。それはトークン(交換可能なもの)の数からするとものすごい数だけれども、タイプからするとそんなにべらぼうではない。物理や生物学や脳科学における知見が、この言語獲得の過程のメカニズムをうまく援助してくれると、数理言語学のようなものも、もうちょっと説明がつくんじゃないのかな。

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津田 そうですね。どんなものであれ、組み合わせの数はものすごく多いわけですが、実際にそれをすべてやるわけではない。その中でどういう選択原理がはたらくのかはわからないけれど、でもたしかに選択をしているはずです。タンパク質の場合にはあきらかに酵素によって反応がバラエティに富んでいくし、意味づけられるわけですね。酵素がない普通の化学反応だとトークンになるんだけれども、酵素が入ることでちゃんと意味が出てタイプになる。

 では、なぜ酵素のようなものが生み出されたのかというのはまだ謎なんですが、おそらく言語にもそのような、「てにをは」のようにすべてを紡いでいけるような仕組みがあって、それが言語を紡ぐだけでなく、さらにセレクションをしていくんだと思うんですね。体内の細胞の中で起きている生物学的な化学反応と、実際に操っている言語とのあいだには、創造性において密接な関連性があるんじゃないかと思う。だからそこをベースにした新たな言語学ができるとおもしろいですよね。

松岡 それがなかなか出てこなくてね。ウンベルト・エーコの『完全言語の探求』(平凡社ライブラリー)がそういうユニバーサル・ランゲージを探していましたが、新しい試みはまったく不発でしたね。