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無報酬で交通・滞在費も自腹…北アルプス山小屋「夏山診療」をした女医が担う"プリズンドクター"の意外な年収

source : 提携メディア

genre : ライフ, 医療, 働き方

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だから、おおたわさんは「医を志した」といった意識はほとんどないのだという。

プリズン・ドクターについても、使命感を持って引き受けたわけではないと、おおたわさんは語る。

「矯正医官の給料は、安くはありませんが、医師の世界では高くもありません(法務省のホームページには、平均年収1400万円ほどとある)。医師になるためには医学部の学費をはじめ、かなりの『先行投資』をしています。その『回収』のことを考えると、矯正医官を引き受けることに二の足を踏む医師が多いのもわかります」

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そう言ったあとで、おおたわさんは続ける。

「だから、矯正医官を続けている私は『いい人』みたいに見えるかもしれませんが、そうじゃないのです。私はボランティア精神なんて尊いものは持っていません」

とはいうものの、おおたわさんはかつて、研修医時代にお世話になった先輩医師から「ボランティア」を勧められたことがあるという。北アルプスの山小屋での「夏山診療」、いわゆる「雲の上の診療所」での診療だ。体調を崩したりケガをしたりした登山者を診る。

「何が悲しくて、12kgもの荷物を自分で背負い、交通費も滞在費も自分持ちで、テレビもない、携帯の電波も届かないところに何日も行かなきゃならないの、とずっと断り続けていたんです」

ところが、父が亡くなった翌年の正月、ふと「今年は行ってみよう」と思ったのだという。

なぜ、人が断る仕事をあえて受けるのか?

雲の上の診療所は別世界だった。いい意味ではなく――。限られた診療設備。ぎりぎりの医薬品。手に負えないからといって簡単に転院できない患者たち。「どうやって無事に山から下ろすか」に頭を悩ませ、工夫に工夫を重ねる毎日だ。

ただ、診療所にはたくさんの絵はがきが張られていた。この診療所で救われた人々からの「ありがとうございました」「無事、帰ることができました」というお礼のはがきだ。

「地上の病院では多くの医師が訴訟のリスクにおびえています。患者さんからのクレームがそれだけ多いのです。でも、山の診療所では、患者さんは私たちに頼ることしかできない。必ずしも満足な治療はできないけれど、医師はどうやって助けられるかを必死に考える。そして患者さんから感謝の言葉をもらう。医療の原点を見た気がしました」