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連載春日太一の木曜邦画劇場

原作にはない過酷な父子の旅姿。年を経て橋本忍の脚色を理解する――春日太一の木曜邦画劇場

『砂の器』

2023/11/21
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1974年(143分)/松竹/3080円(税込)

 いよいよ十一月二十七日、最新刊『鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』が発売される。

 これは、名脚本家・橋本忍の生涯を追った評伝だ。当人への計九回、約二十時間のインタビュー、没後に発見された門外不出の創作ノート、周辺人物への取材などから、創作の裏側を詳らかにした。

 そこで今回は、橋本の代表作『砂の器』を取り上げる。

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『砂の器』といえば、「お遍路姿で旅をする父と子」を思い浮かべる方が多いだろう。『鬼の筆』でも、表紙として大きく使っている。

 国鉄の蒲田操車場で身元不明の遺体が発見されるところから、物語は始まる。今西刑事(丹波哲郎)の執念の捜査により、音楽家・和賀英良(加藤剛)が犯人と判明。物語の終盤、今西は捜査会議で和賀が犯行に至るまでの過程を語る。同時に和賀のコンサートが始まる。そして、今西の報告と和賀の演奏する交響曲「宿命」の荘厳な調べをバックに映し出されるのが、「父子の旅」の場面だった。

 和賀の父(加藤嘉)はハンセン病を患ったため故郷を追われ、幼い和賀を連れて遍路の旅に出ることになった。だが、父子は行く先々で理不尽な仕打ちを受けてしまう――。

 過酷な自然や差別に抗いながら、温かい情を通わせ合う父子の姿に、多くの観客が感動した。だが実は、この場面は松本清張の原作には描かれていない。今西の報告の中で、ほんの数行触れられるだけだ。これは、橋本が大きく膨らませて脚色した場面だったのだ。

 橋本がなぜ、このような脚色をしたのかは『鬼の筆』で詳述しているので、そちらを参照してほしい。ここで述べたいのは、筆者が初めてこの映画を観た時の想いだ。

 正直なところ、腹が立った。

 というのも、中学一年で初めて原作を読んだ際、ミステリー小説として楽しんでいたからだ。その後すぐにレンタルビデオで映画版を観た。今西の捜査や読者をミスリードする「怪しい容疑者」の存在をカットして「ミステリー」要素を削る一方で、原作にない「父子の旅」で泣かせにかかる。そんな脚色に対し、「なんて甘いことをしているんだ」と嫌悪感すら抱いた。

 それが、年を重ねて自分なりの苦労を経験するにつれ、観返す度に受け止め方が変わっていく。和賀の動機のあまりの切なさが理解できるようになったのが大きい。また、その心情をセリフではなく、「父子の旅」という象徴的な画(え)によって伝えようとした手法にも、心底から感服した。

「名作」に苦手意識を抱いた場合、「こちらの理解が足りないだけ」という可能性があることを教えてもらえた。

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