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連載春日太一の木曜邦画劇場

回想を重ねて導かれるミスリード。橋本忍のどんでん返しが待っている!――春日太一の木曜邦画劇場

『地図のない町』

2022/04/12
1960年(96分)/DIGレーベル/4180円(税込)

 今年の秋辺りに脚本家・橋本忍の評伝を刊行する予定で、現在その証言や資料の確認作業をしつつ構成を固めている。

 そんなタイミングで嬉しいDVDが発売になった。それが、今回取り上げる『地図のない町』だ。

 橋本忍というと、『羅生門』『生きる』『七人の侍』といった黒澤明との仕事、『張込み』『砂の器』などの松本清張の脚色、『私は貝になりたい』『白い巨塔』などの社会派、『切腹』などの時代劇、『日本のいちばん長い日』『日本沈没』『八甲田山』などの超大作――と「不朽の名作」で知られる。

 一方、興味を引く企画であれば商売と関係なく次々と書いてきたので、実は多作、しかも小作品も数多く手がけている。ただ、そうした作品はソフト化されにくかったので、こうしてDVDにしてくれるのは、検証用にもありがたい。

 本作の舞台は東京湾岸にある架空のスラム・東雲町。街は梓組というヤクザ組織が仕切っていた。傍若無人な梓組によって町の人々が苦しめられる姿を軸に物語は展開される。この構成が、実に橋本らしい。

 デビュー作『羅生門』をはじめ、「回想シーンの多用」が橋本脚本の大きな特徴だ。

 時系列通りに物語を進ませるだけでなく、時間のベクトルを反転させて過去の回想を、しかも長く挿入する。そうした回想の積み重ねにより情報のピースが徐々に埋まることで、物語のパズルの全体像が浮かび上がる――。

 このような構成は『切腹』で完成形を成すことになるが、その少し前に書かれた本作もまた、そのプロトタイプといえるものになっている。

 町の診療所の医師・戸崎(葉山良二)が「何か」をしようと企んでいるところから物語は始まる。それは何か。なぜ、そうしようとしたのか。

 そのことを明らかにすべく、冒頭の約三十分をはじめ、物語の大半が戸崎の回想によって進んでいく。映し出されるのは、梓組による暴虐の様。妹(吉行和子)は凌辱され、幼馴染(南田洋子)は組長(滝沢修)に奪われ、診療所長(宇野重吉)は重傷を負わされる。

 回想が終わり、「現在」に戻る。戸崎の目的は、組長を殺すことだった。回想でそこまでの経過が丁寧に描かれたことで、戸崎の行為は十分に納得できるものになった。

 だが、回想が単なる背景の説明で終わっていないところが、本作の妙。戸崎が襲撃した時、既に組長は殺されていたのだ。では、犯人は――?

 そこに「どんでん返し」が待ち受けているのだが、実は回想はその思わぬ真相に向けて観客をミスリードする機能を果たしていたのである。

 大胆と緻密を織り交ぜた橋本忍の手腕、巧みである。

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