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連載春日太一の木曜邦画劇場

炭鉱落盤事故の救出劇。白黒作品だからこその重苦しさで息が詰まる!――春日太一の木曜邦画劇場

『どたんば』

2022/01/18
1957年(108分)/東映/4950円(税込)

 二〇二一年は例年以上に旧作邦画のDVD化が賑やかだった。特に東映創立七十周年に合わせての東映ビデオのリリースは圧巻で、「ついにこの作品が出るのか!」と興奮のしっ放しだった。

 今回取り上げる『どたんば』も、そんな一本。菊島隆三の脚本によるテレビドラマを橋本忍が脚色、それを内田吐夢監督が撮る――という、「名作」に仕上がることを約束されたかのような座組による作品である。にもかかわらず、タイトル、キャスト、内容のいずれも地味な感じがするためか、なかなかDVDにならないでいた。それが、昨年末についに出たのだ。

 零細経営の炭鉱で長雨による浸水で落盤事故が発生、逃げ遅れた五名の炭鉱夫が取り残されてしまう。彼らの救出劇を軸に物語は展開される。

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 五名は坑道の最深部にある空間で救助が来るのを待ち続ける。だが、そこにも水はひたひたと迫っていた。空気も薄くなる一方。そうした中で新人(江原真二郎)がパニックに陥るが、過去に二度の落盤事故を経験しているベテラン(志村喬)が懸命に励ます。

 決して慌てず騒がず。笑顔を浮かべて余裕すら漂う百戦錬磨の雰囲気は「これぞ志村喬」というべきカッコよさだ。

 一方の地上では、当初は救助について楽観的な予測が立てられていた。が、水の勢いは増すばかりだし、坑道も脆く、排水も土砂の除去も思うように進まなかった。そして、上層部の不用意な言葉が朝鮮系の作業員との対立を招いてしまう。有効な手立てもなく、刻一刻と「限界」の時間が近づいていく。そしてついには、精神的に追いつめられた鉱夫長が自殺を図ってしまう。被害者の家族の中には弔慰金や埋葬方法の話まで持ち出す者も出てくるように。

 暗闇、土砂、水流――、モノクロだからこその重苦しい地下の映像が、作業の困難さを。橋本脚本の巧みな心理描写と名優たちの自然な演技が、楽観、対立、諦めと変化していく地上の人々の心情を。それぞれに生々しく伝えていた。文字通り「息が詰まる」。

 中でも特筆すべきは俳優たちの顔だ。志村喬に加えて東野英治郎、神田隆、岡田英次、花沢徳衛、山本麟一――誰もが「現場の男の顔」をしていて、過酷な状況に立ち向かう彼らの必死さがリアルに映し出されることになった。

 特に見事なのは、炭鉱主を演じた加藤嘉。被害者家族に問い詰められ、といって何か手立てを打ち出せるわけでもなく、ひたすら憔悴していく様を切々と演じ切る。

 さまざまな対立を乗り越えて訪れる最後の逆転劇に至るまで、隙なく組み立てられた緻密な群像劇といえる。

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