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連載春日太一の木曜邦画劇場

英国でリメイクされた不朽の名作。浮きあがる黒澤版の際立つ人物造形――春日太一の木曜邦画劇場

『生きる』

2023/04/11
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1952年(143分)/東宝/6600円(税込/写真は4K リマスター 4K Ultra HD Blu-ray版/DVD版Blu-ray版もあり)

 今回は『生きる』を取り上げる。黒澤明が監督した、不朽の名作映画である。

 海外でも評価の高い本作はイギリスでも新たにリメイクされ、三月末に日本でも公開されている。これが、アカデミー賞の主演男優賞や脚色賞にノミネートされたのも納得できるだけの、なかなかの出来栄えだった。そこで折角なので、この機会に両者を観比べてみようと思った。

 主人公の渡辺勘治(志村喬)は市役所勤めの地方官僚。ただ書類に判子を押していく仕事を淡々とこなすだけの日々を、長年にわたって過ごしてきた。だが、自身の余命がほとんど残されていないと知ったことで、自身の生き方を見つめ直すことになる。

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 そして、渡辺は型にはまった生き方を変えようとする。だが、仕事をサボって酒を飲み、そこで知り合った作家に連れられて盛り場に繰り出すも、虚しいだけだった。

 最後にたどり着いたのは、小さな公園の建設を実現させることだった。その公園建設は、地域住民から何度も陳情がありながらも、たらい回しにされてきた。いわば役所、そして渡辺のこれまでの無気力・無責任さの象徴ともいえる案件だったのだ。

 基本的な展開はオリジナル版もリメイク版も変わらない。だが、観終えての余韻は大きく異なる。リメイク版が、どこか爽やかな感動があるのに対し、オリジナル版は苦さや重苦しさが残った。

 それは、黒澤の演出や橋本忍も参加した脚本による個々の人物造形と、それに触発された名優たちによる粘っこい演技によるものが大きい。

 作家を演じる伊藤雄之助、同僚を演じる田中春男、千秋実、左卜全、藤原釜足、公園建設を阻もうとするヤクザを演じる加東大介、そして最大の障壁である助役を演じる中村伸郎――。クセモノ役者たちが揃いも揃って濃厚な芝居を繰り広げ、主人公を囲む状況の救いの無さを色濃く映し出す。この点、リメイク版はアッサリ風味になっていた。

 その象徴ともいえるのが、主人公の息子の描写だ。同居する息子の結婚相手に邪険にされ、息子も嫁側に付いているという設定は同じである。

 ただ、息子の態度が全く異なる。リメイク版は、妻が父親を苦手にしているから、自分も流されている程度の描かれ方だった。対してオリジナル版は、むしろ率先して父親を邪魔者扱いしてくるのだ。

 しかも、その息子を演じるのが金子信雄。若い頃から既にその憎々しい芝居が絶品なのだ。「光男ォ――、光男ォ――」と絞り出すように呼び掛ける志村の哀しい演技とあいまって、主人公の絶望感を際立たせていた。

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