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連載春日太一の木曜邦画劇場

ニヒル対ニヒルの決着の地は広大で異様な砂礫原こそ相応しい――春日太一の木曜邦画劇場

『眠狂四郎無頼控 魔性の肌』

2023/04/04
1967年(87分)/KADOKAWA/1980円(税込)

 拙著最新刊『時代劇聖地巡礼 関西ディープ編』(ミシマ社)では、関西各地の時代劇ロケ地を実際に巡って紹介&解説をしている。

 中でも多くの頁を割いたのが、京都市に隣接する丹波の亀岡。野面の撮影で長く重宝されてきた地だ。時代劇は江戸市街だけでなく、「田舎」も舞台になる。そうなると、山深い景色や田園風景も必要な上に、神社仏閣には侘びた質感が欠かせない。

 そうした撮影をする際、亀岡が多く使われてきた。亀岡は撮影所のある京都西郊の太秦から車でそう遠くない上に、狭い範囲にさまざまな「田舎」の景色が点在。全ての条件が撮影に適している。

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 今回取り上げる『眠狂四郎無頼控 魔性の肌』も、そんな亀岡のロケ地としての魅力を見事に活かした作品だ。

 市川雷蔵がニヒルな剣豪・眠狂四郎を演じる人気シリーズの第九作で、島原の乱の残党・黒指党との対決が描かれている。黒指党はその名の通り全員が指先を黒く塗り、「ジアボ」という邪神を崇拝する邪教団。彼らが狙う黄金のマリア像を京都まで護送する役目を狂四郎が引き受けたため、両者は対峙することに。

 教団を率いる右近(成田三樹夫)は、息のかかった女たちに命じて狂四郎を籠絡せんとするが、狂四郎は次々とそれを打ち破っていく。

 エキゾチックな風貌の奥底に冷酷さを漂わせ、雷蔵に伍するほどのニヒルさを放つ成田が実に魅力的。狂信的な信者を束ねる教祖としてのカリスマ性を完璧に放ち、物語をスリリングに盛り上げていた。

 当然、ラストは狂四郎と右近の決闘だ。ニヒル対ニヒル。現実離れしたキャラクター性の持ち主である両雄の決着の場には、それにふさわしいファンタジックな景色が必要だ。

 対決は、反物が無数に舞う中で繰り広げられる。カラフルな反物と、黒い衣裳の狂四郎と右近。見事な色彩のコントラストが、この空間を妖しく映し出していた。

 そして、この激しくも美しい立ち回りが撮られたのは、亀岡の宇津根。大堰川の河原だ。そこは遠く彼方まで「現代」が映り込まない、広大な砂礫原。その景色はスケールが大きいだけでなく異様さも感じさせ、まさにファンタジーな世界が広がる。

 この宇津根の河原、実際には車が激しく行き交う府道四〇五号線から望むことができる。ただ通り過ぎる際は「単なる河原」にしか思えないだろう。それが、本作を観た後で実際に河原に降りてみると、「狂四郎と右近がいた景色そのものだ!」と、ときめく。

 何気なく眺めていた景色も「時代劇の聖地」というフィルターを挟めば輝き出すのだ。

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