日本を代表する巨匠・黒澤明の代表作のひとつ『生きる』(1952年公開)が、『生きる LIVING』としてイギリスでリメイクされた。ノーベル文学賞を受賞した日系イギリス人の小説家カズオ・イシグロが企画の発起人で、脚本を手がけた。彼の強い希望で主役を演じたのが、英国の名優ビル・ナイである。
「とても光栄な提案でした。彼とはあるディナーパーティで出会い、ボブ・ディランを巡って意気投合したことはあったのですが、それほど親しい仲ではありませんでした。後で知ったのですが、『生きる』は、イシグロさんが11、2歳の時に観て人生についての大きな教訓を得たとても重要な作品だった。有名にならなくてもお金持ちにならなくても、名誉ある生き方をすれば意義深い人生を送ることができるのだ、と。そして、私も『生きる』を観て感銘を受けました」
舞台は1950年代、第2次大戦後の復興途中のロンドン。ビル・ナイが演じる、役所の市民課に勤める生真面目なウィリアムズは、癌に侵され医師から余命を宣告されたことにより、自らの人生を見つめ直す。
「(オリジナルで主演を務めた)志村喬さんの演技は素晴らしいものでしたが、怖気づくことはありませんでした。私たちは、違う作品を作ろうと思ったので。私は、1950年代の英国やその時代に生きた人々を描き出すことに魅力を感じたのです。当時は、感情を表に出すことはよしとされていなかった。他人に迷惑をかけないことが重要で、自分が死を宣告されたことにすら引け目を感じてしまう。(元米大統領の)トランプ氏のように周囲に迷惑をかけまくったわけでもないのにです。精神科医なら不健康な生き方だというでしょうね」
そんな主人公が、それまでの“物事が進まないよう”にしか動かないお役所仕事に終止符を打って、自ら何かを成し遂げ、人生に意味を与えようと決心する。そのきっかけとなるのは、元部下の若い女性との再会である。
「中年男性と若い女性という取り合わせは、一見、古臭いように見えますが、男性社会において“制度化”された主人公に活力を与えたのが若い女性であることは重要だと思います。権力も地位もないけれど、将来に夢を持ち、自分に誇りを持っている。その生き様は彼にとって衝撃であり、だからこそ彼は人生で初めて心を開いたのです」
監督のオリヴァー・ハーマナスは1983年生まれ。南アフリカ出身でほぼ新人だが、触発されることも多かった。
「彼は聡明で、この作品に素晴らしいスタイルとウィットをもたらしてくれました。暇があれば、イシグロとふたりで映画史に残る名監督を引用してオタク談義をしていました。彼と出会えて幸運でした。叡智は年寄りの特権ではありませんよ」
俳優として50年以上のキャリアがあるが、本作でアカデミー賞主演男優賞に初ノミネートされた。御年73歳。まだ新しい扉は開ける。
Bill Nighy/1949年、イギリス生まれ。舞台、映画で、50年以上のキャリアを誇る。『ラブ・アクチュアリー』(03)で英国アカデミー賞助演男優賞を受賞、TV映画『ナターシャの歌に』(06)でゴールデン・グローブ賞主演男優賞を受賞。
INFORMATION
映画『生きる LIVING』
3月31日公開
https://ikiru-living-movie.jp/