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74回目の紅白歌合戦

​​今年の紅白は旧ジャニーズ出場ゼロ…白組の空き枠は“壮絶なイス取りゲーム”へ〈SMAP、TOKIO、嵐の“黄金時代”〉

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2023/12/30
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「ジャニーズ」初登場は1965年

 大晦日のテレビ放送となったのは、1953年の第4回から。風物詩となった紅白歌合戦に「ジャニーズ」が登場したのは、1965年のことだ。紅白合わせて50組が出場した年だった。若きジャニー喜多川氏が率いていた少年野球チーム「ジャニーズ少年野球団」から、いつしか芸能の世界で活躍する4人組のグループ「ジャニーズ」が誕生した。真家ひろみ、飯野おさみ、中谷良、そしてあおい輝彦が、ジャニーズ事務所所属の元祖・ジャニーズとなったのだ。

現在は撤去された旧ジャニーズ事務所の看板 ©AFLO

「『スター』と呼ばれる歌手はいたが、歌って踊れる『アイドル』はまだいなかった。会場の東京宝塚劇場で披露したのは、『三文オペラ』の劇中歌『マック・ザ・ナイフ』。センターに一本のマイクで曲の合間に踊りを見せるスタイルでした」(NHK関係者)

 次に、紅白出場を果たしたのは「フォーリーブス」。1968年9月にCBS・ソニーレコード初の国内契約歌手としてデビューした4人組は、1970年にはブロマイドの売り上げナンバーワンのトップアイドルとなり、その年から7年連続で紅白に出場した。

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「その7年間の途中、1973年と74年には、当時ジャニーズ所属だった郷ひろみも出場しました。70年代というくくりでいうと最大2枠です」(同前)

ジャニーズアイドルが紅白の常連に

 そして1980年代のアイドルブームが訪れる。

 田原俊彦、近藤真彦、シブがき隊。80年代後半からは、少年隊、男闘呼組、そして光GENJIらジャニーズアイドルたちが紅白の常連となっていった。

東山紀之氏と藤島ジュリー景子氏 ©文藝春秋

「トシちゃん、マッチなど当時の少女たちが熱狂したソロアイドル、そしてジャニーズの本領ともいえるシブがき隊や光GENJIといったグループアイドルが時代を席巻した。

 1986年と1988年にはジャニーズから4組が出場しました。とくに88年の白組トップバッターの光GENJIは初出場ながらヒットメドレーを披露。少年隊、男闘呼組、近藤真彦へと白組のバトンをジャニーズで繋ぎました」(同前)

 86年は紅白それぞれ20組。88年は、紅白それぞれ21組が出場。そのうちの4枠をアイドル帝国が占める結果となった。ちなみに86年は同じ白組の初出場に「雪國」を歌い上げた吉幾三が、88年は「Runner」を披露した爆風スランプがいた年だ。