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崖っぷちを走りながら、かたときも勉強をやすまなかった88年…なぜ“世界のオザワ”の音楽は世界中で愛されたのか?

追悼・小澤征爾

2024/02/17

genre : エンタメ, 音楽

note

おもしろいほど鳴ったオーケストラ

 2004年3月には、パリのソルボンヌ大学で名誉博士号を授与されるという小澤さんに同行した。授与式では小澤さんの神髄を見ることとなった。

 式のあと、小澤さんがソルボンヌ大学のオーケストラとコーラスの指揮をしたのだ。曲は、ドヴォルザークの「Hospodine」。実は、この少し前、同じオーケストラを現地の指導者が振っているのを聞いていたのだが、曲調が違うということを差し引いても、これが同じオーケストラかというぐらい小澤さんが振るオーケストラはおもしろいほど鳴った。その躍動ぶりに、聴衆も沸いた。場内は最大級の拍手に包まれたかと思うと、ついにはスタンディングオベーションまで起きていた。前日の練習で小澤が学生たちに何を伝えたのかはわからなかったが、演奏者ひとりひとりに魂が注入され、それがひとつの大きなうねりとなったことは明らかだった。感情の緩急を伝え、表現の幅を広げ、思いを曲に乗せる。それが小澤征爾の本領だった。

©ND CHOW

 2004年5月には、私は、サイトウ・キネン・オーケストラのヨーロッパツアーに同行、ヴァレンシア、ベルリン、ウィーン、パリ、ロンドン、ミラノをチャーター機に同乗して移動した。写真家はシンガポール人のアンディ・チャオ。実に20日間のツアーだったが、やはりここでも小澤征爾の神髄を見ることとなった。

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 まず6都市を短期間でまわるため、異なる会場のセッテイングを短い時間で行うのが一苦労だった。同じ曲でも指揮者に届く音や鳴り方が会場によってまるで異なった。その調整がまた大変だったのだ。一方で、ツアー後半は、このツアーのあとに控えている次の演奏会の楽譜との格闘が早くも始まっていた。ひとつのツアーをこなしながら、次の演奏会にも備え勉強していたのだ。

 このときのツアーとは別の海外演奏会で、こんなシーンを見た。