文春オンライン

『半分、青い。』永野芽郁が生まれ、“西郷どん”が死んだ日。9月24日の“140年史”

2018/09/24
note

 NHK大河ドラマ『西郷どん』も昨夜放送の回では鳥羽伏見の戦いが描かれ、そろそろ明治維新を迎えようとしている。折しもきょう9月24日は、141年前の1877年の西南戦争で、西郷隆盛がわずかに残った手勢と籠った鹿児島・城山において、政府軍の総攻撃を受け、ついに自刃した日である(享年51)。

“西郷どん”と『半分、青い』、NHK2大ドラマに縁の深い日

 先ごろ番組ホームページで公開された『西郷どん』最終章のメインビジュアルを見ると、鈴木亮平の扮する西郷隆盛は、まさに私たちのイメージする“西郷どん”そのものだ。これに先立ち、新たな出演陣も発表され、西南戦争で政府軍を指揮した山県有朋を村上新悟が演じることになった。山県は城山を陥落させたあと、西郷の首を検視し、その傑出した才能がこのような運命に遭遇したことに涙したという。一昨年の大河『真田丸』での直江兼続役も記憶に新しい村上が、これをどう演じるのかも気になるところである。

NHKから発表された“西郷どん”最終章のビジュアル


 きょうはまた、いよいよ今週最終回を迎えるNHKの連続テレビ小説『半分、青い。』の主演である永野芽郁の19歳の誕生日でもある。NHKで放送中の2大ドラマが奇しくもそろって縁のある9月24日には、過去をさかのぼればこのほかにもさまざまな大きなできごとが起こっている。ここでいくつかあげてみたい。

ADVERTISEMENT

70年前、本田宗一郎がホンダをつくった

ホンダ最初のヒット作「ドリーム」号にまたがる本田宗一郎 ©共同通信社

『半分、青い。』では、ヒロイン鈴愛(すずめ)の幼馴染の律が、1990年代前半に大学でロボット工学を学び、エンジニアの道に進んだ。現実にもちょうどホンダがヒューマノイドロボットの開発を進めていた時期と重なる。

 そのホンダ――本田技研工業が設立されたのは、ちょうど70年前、1948年の9月24日だった。創業者の本田宗一郎(当時41歳)はその2年前から、かつて経営していた会社の跡地にバラックの工場を建て、従業員数人を呼び寄せると、自転車補助用のエンジンの製作を始めていた。これが売れ、従業員も20人を超えたところで工場を株式会社とする。ただし、創立祝いも社長の訓示もなく、およそ創立記念日らしい雰囲気はなかったという(Hondaウェブサイト)。

 本田たちはその後もエンジンの改良を重ねた末、強力なエンジンに見合った耐久力のあるオートバイの製作に乗り出す。こうして翌年8月、ホンダ初の本格的二輪車「ドリーム号」が完成。同時期にはまた本田が藤澤武夫と出会い、販売・経理を託すことになる。やがてホンダは浜松から東京に本社を移し、のちには四輪車市場にも進出して世界的メーカーへと発展した。