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天才肌の発達障害は本当に医学部に向いているのか

『発達障害』岩波明×『医学部』鳥集徹 ホンネ対談 ♯2

 ADHD(注意欠如多動性障害)やASD(自閉症スペクトラム障害)など発達障害の人たちは、人間関係でつまずくなど精神的なつらさや生きづらさを抱えがちな一方で、世の中を変えるような天才的な人たちも多いと言われています。超難関の医学部に入る学生たちの中にも、ADHDやASDの人たちがいると指摘されていますが、彼らは医師になって本当に幸せと言えるのでしょうか。​

 文春新書のベストセラー『発達障害』の著者で昭和大学医学部精神科の岩波明教授(東大医学部卒業)と、話題の新刊『医学部』の著者でジャーナリストの鳥集 徹さんが、「発達障害と医学部のリアル」を語り尽くしました(全3回)。

♯1「医学部をめざす高偏差値エリートに天才肌の発達障害が多い?」から続く。発達障害については、#1の解説<*「発達障害」とは──対談を読む前に──>をお読みください。

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「クビだ!」とさじを投げられた研修医

鳥集 今、医学部の受験ブームで、医学部の偏差値がすごく高くなっています。東京大学理科Ⅲ類(3年次から医学部医学科に進むコース)や京都大学医学部はもちろんのこと、かつて「お金を積めば入れる」と揶揄されたような新設の私立大学医学部も、早稲田や慶應の理系学部に受かるぐらいの学力がないと入れません。医学生全体の質が上がったことはいいことだと思いますが、一方で受験エリートたちがこぞって医学部を目指すようになり、もしかするとADHDやASDの気質を持つ人たちがより多く医学部に入るようになった可能性もあります。岩波先生は、どのように思われますか?

岩波 学生の受診が増えているのは確かです。自分から精神的に追い詰められて受診する人はあまりいませんが、「この人は発達障害に違いない」とまわりから言われて来る学生が結構多いんです。注意力が散漫でケアレスミスがあまりにも多かったり、生活が不規則になって講義に出られなくなったことで、受診を勧められた学生がいました。どちらかというと、ADHDの人が多いですね。

鳥集 他大学の医学部の先生方によると、グループで取り組む必要がある解剖実習や臨床実習が始まると、そこで人間関係につまずいて学校に来られなくなる学生がいると聞きました。解剖実習でたくさんの臓器や組織、骨、筋肉、神経、血管などの名前をひたすら覚えることに興味が持てなくて、転部してしまう学生もいたそうです。

岩波 そうした学生もいないことはないですが、医学部に来る人たちは基本的に勉強ができるので、学生の間は大丈夫なんですよ。ただ、睡眠覚醒リズムが悪くなって、遅刻するようになって、出席日数が足りなくなる学生はいます。それから、真面目さが足りない人もいます。これもやっぱりADHD的なんですけど、いたずら好きで、まわりの人にすぐちょっかいを出すとか。ASDの人では、居眠りばっかりしてる人がいましたね。それに、医学部卒業後に臨床研修委員長からさじを投げられて、「クビだ!」と言われた研修医もいました。

鳥集 その方はどうして、臨床研修でさじを投げられたんですか?

岩波 態度が変に大きいんです。だけど態度が悪いっていうのを、本人は気づいていない。そのうえに平気で遅刻する。社会のルールを完全に無視はしていないけれど、無言のルールがわからないんです。学生のうちはまだいいんですが、臨床研修というのは1ヵ月か2ヵ月ごとに研修先が変わります。

鳥集 現在、医学部卒業後の臨床研修(初期研修)は2年間で、循環器内科、神経内科、消化器外科、呼吸器外科、産婦人科、小児科、救急といった診療科を1~2ヵ月ごとに回る「スーパーローテート方式」をとっています。つまり、目まぐるしく働く場所が変わるわけです。

岩波 そうです。診療科が変わったらいち早くそこのルールを把握して、習得しなきゃいけない。だけど、何時に出勤するとか、誰の言うことを聞けばいいとか、ちょっとずつ違うじゃないですか。普通の人たちはまわりに仲間がいて、情報が入ってくるので、引き継ぎみたいなことがある。ところが、彼みたいに孤立していると、何も情報が入ってこないんです。また、それを感知する能力もないので、完全に浮くわけです。そういうのはすぐ評判になる。「何年次のあいつはダメだ」みたいなね。

岩波明さん(左)と鳥集徹さん ©白澤正/文藝春秋

実際の臨床現場に出ると大変な状況に

鳥集 浮いてしまうと、ご本人は辛い思いをするんですか。それともその辛さをあまり感じないんですか。

岩波 たぶん感じてるんだけれども、それを素直には言わない。自分自身で感じていることを、否定しながら生きてるようなところはありますね。

鳥集 否定するというのは、「辛い」と感じないように心理的に防御するということですか? たとえば「友達なんかいなくていいや」と思い込むとか。

岩波 というか、常にまわりからプレッシャーをかけられたり、嫌味を言われるんでしょうけど、それに対して普通の反応をしないという感じだと思います。うまい言葉が見つからないんですけど、そのエピソード自体を抹殺してしまう。

鳥集 記憶から失くしてしまうということなんでしょうか?

岩波 臨床研修委員長に「彼は発達障害かもしれないから、精神科で診てくれ」って頼まれて、ある研修医を外来で診察したんです。だけど本人は外来に来てもどこ吹く風。事態の深刻さを全然認識していない様子で、自分の身に起こっている深刻さがあまりわからないようでした。

鳥集 でも、それをダイレクトに認識してしまったら、実際にはすごく辛い状況ですよね。

岩波 そうです。臨床研修委員長が「ダメ」といったら、その人の臨床研修自体が中止になってしまう。そうすると医師免許はあるけど、医者としては働けないという状態になってしまいます。

鳥集 医学部ではなんとか自分たちの突破力とか才能でやり切れるけれど、実際の臨床現場に出たとたん、大変な状況に追い込まれる方もいるんですね。

岩波 やはり学生時代よりも、実際に働いてからの方が、問題がより顕在化するんじゃないでしょうか。

鳥集 それは実際に多くの患者さんに接するとか、様々な責任をもった業務が増えるからですか。

岩波 はい。医師がこなさなければならない仕事量は非常にたくさんあって、オーバーワークになることも多いですからね。