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連載春日太一の木曜邦画劇場

絶望を引きずり彷徨する男の物語に心落ち着く!――春日太一の木曜邦画劇場

『火の鳥 鳳凰編』

2018/09/11
1986年作品(60分)/角川映画/3300円(税抜)/レンタルあり

 ブルータス、お前もか!

 古代ローマの独裁者・カエサルは、自らに襲いかかる暗殺者たちの中に信じていた友の姿を見つけた際、そう叫んだと言われている。

 ただ、これまで生きてきて思ったのは、ブルータスは何人もいる――ということだ。今年だけでも既に二名のブルータスがいた。だいぶ慣れてきたのでさほど落ち込むことはなくなったが、それでも気持ちはモヤモヤする。そんな時は必ず、気分転換に手塚治虫の漫画『火の鳥』を読む。

 永遠の命を宿しているといわれる「火の鳥」は古代から遠い未来まで何千年にわたり、欲望や嫉妬や保身のために破滅していく人間たちの姿を見届けてきた。編を分けながら時空を超えて描かれる物語は、全てが悲劇。人間たちの醜い争いが、愛や優しさを容赦なく無惨に踏みにじっていく。

 そしてこちらは、繰り返される絶望に触れているうちに「人間ってそんなもんだよな」と納得できて、ささくれた心が落ち着いてくるのだ。

 そこで今回はシリーズの中の一編を原作にしたアニメ映画『火の鳥 鳳凰編』を取り上げる。二本立ての一本だったため、上映時間は六十分と短い。それだけに原作とはまた異なる印象の作品となった。

 舞台は奈良時代。仏像を彫ることを生業とする仏師の茜丸が旅先で野蛮な盗賊・我王に襲われ、商売道具の利き腕を切られるところから物語は始まる。核となるのは、この二人の男の魂の軌跡である。

 我王は山中で出会った美女・速魚と暮らし、その優しさに触れながら生まれて初めて愛を知るが、自らを殺そうとしているという猜疑心に囚われて殺してしまう。だが実は、速魚はかつて我王が助けたテントウ虫の生まれ変わりで、我王に恩返ししたかっただけなのだ。それを知って慟哭する我王。原作ではここからの我王の魂の彷徨と救済が描かれるが、本作ではそこは大きくカットされている。

 そのため中盤からは茜丸の物語として展開される。そこに映し出されるのは、一人の純粋で生真面目な青年が権力に取り込まれ、功名心に駆られて人として変わり果てる様。そして終盤、茜丸の前に我王が再び姿を現わす。より腕の良い彫物師として。茜丸は保身のため我王を陥れる。

 救済の過程がないため、我王は絶望を引きずったままの空ろな存在として描かれている。それだけに、そんな我王を恐れ嫉妬する茜丸の卑小さがより際立つことになった。そして、茜丸の惨めな最期と最後まで彷徨し続ける我王の姿とが相まって、人間に対する突き放した視点は強まった。

 人を信じ期待することの愚かさを教えてくれる作品だ。