自身もうつ病を患い、快復した経験をもつ田中圭一さんが、同じく経験者たちにインタビューを重ねた漫画『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』(KADOKAWA)が話題を呼んでいる。
「僕が“うつヌケ”できたのは1冊の本がきっかけでした。漫画家であるからには、いま苦しむ人に役立つ漫画を描いて恩返しせねばと思ったんです。そこでツイッターでうつ脱出経験漫画を描きたいと呼びかけたところ、後に担当となる編集者から即座に連絡がきて。その打てば響く反応こそ『この漫画はいけそうだ』という最初の手応えでした」
登場するのは大槻ケンヂ、宮内悠介、内田樹といった有名人から、OL、編集者、教師と多様な顔ぶれだ。
「うつは特別な人だけのものではなく誰だって罹る可能性があるものだと伝えたくて、幅広い方々に語ってもらいました。梅雨時は落ち込んだり、夏には浮き立ったり、そんな気分の上下はみんなありますよね。うつは、その程度が大きくなったようなものです」
うつの身近さを示す表現として作中では“うつ君”というぷにょぷにょした物体の群れが描かれる。うつの度合いで数が増えたり減ったり、色が黒から白に変わったりするうつ君は、病なのにどこか愛嬌がにじむ。フルカラーの電子版では色彩による表現も多用した。
「漫画のもつ抽象化や擬人化の効果を今回は最大限に使いました。うつヌケした時って本当にモノクロの世界がぱーっと色を取り戻すような感覚なんです」
劇的変化は創作にも及ぶ。田中さんといえば手塚治虫筆頭に数々の大御所そっくりの画風を駆使した下ネタギャグが人気の漫画家だ。しかし本作では画風はそのままに真摯な体験談をストレートに描いた。『うつヌケ』と同時期に刊行の『ペンと箸』では有名漫画家の2世に取材。赤塚不二夫や池上遼一らを真似た絵で彼らと子供の食事のエピソードを描き、ホロリとさせる。
「以前は“泣ける”“感動モノ”が嫌いでした。でも、うつの間は脳が寒天に包まれたように何も心に届かなかったのが、抜けた途端にいろんなものに感動するようになった。その喜びに、自分も人を感動させるものを描きたいと素直に思うようになりました。うつヌケして頭がクリアになると、ギャグ漫画で培った笑わせるためのロジックやテクニックは感動を生み出すために応用できることも解りました。根は同じですね」
と取材の最後に田中さんが「よかったらどうぞ」と差し出すのは、裸率高めのギャグ同人誌。ぶれない!
自身もうつ病から脱出した著者が、作家やミュージシャンなどの著名人だけでなく会社員、教師など幅広い顔ぶれのうつ経験者にインタビューしたドキュメンタリー・コミック。入口も出口も十人十色のうつ体験談は、現代社会では誰にとっても他人事ではない、病のリアルを伝えてくれる。フルカラー電子版も配信中。