楠木新さんは大手保険会社で人事、経営企画、支社長など順調に出世をつづけた四〇代半ばに、「自分の仕事が誰の役に立っているかわからない」という壁にぶつかり、うつ病と診断されて、自ら申し出て平社員に降格してもらった。でもそのことで逆に会社を客観的に眺められるようになり、この摩訶不思議な組織を研究する「会社学」を提唱している。
楠木さんの本で衝撃だったのは、「仕事で自己実現を目指してはいけない」と断言していたことだ(『サラリーマンは、二度会社を辞める。』)。大学生向けのキャリア説明会では、「仕事を通じて自己実現しよう」と馬鹿のひとつ覚えのように繰り返されている。でもサラリーマンなら誰でも知っているように、こんなのはウソっぱちだ。ダマされたと思った若者が三年で会社を辞めるのは当たり前なのだ。
本書はその楠木さんが、経理部という会社内の“秘境”を、経理マンへの膨大な取材をもとにフィールドワークしたものだ。そこでは経理部が、経費精算を通して「グズ、手抜き、酒飲み、インチキ」な社員を把握しているという恐ろしい秘密が明かされたりする。大きな組織に身を置いているひとなら、「あのときの指摘はこういうことだったのか!」と思わず膝を打つ(あるいは冷や汗を流す)ことがたくさんあるにちがいない。
ちなみに私の場合、経費精算する機会はほとんどないのだが、何年か前にいちど、海外取材の経費を出版社に請求したことがあった。そのとき三度もつき返されてずいぶん厳しいんだなと思ったが、本書には「社外からの請求は、一度限りの取引も多く、チェックには十分な注意が必要だ」と言う経理担当者が登場する。
なるほど、信用されてなかったのかと思ってその話を件(くだん)の出版社の人間にしたら、「いまは社外より社員の方を疑ってますよ」とのことだった。