戦場で銃を取り、明日をも知れぬ身の兵士に「本を支給する」と言ったら、あなたはどんな顔をするだろうか。娯楽品ではなく糧食や銃弾、医療品を多く送るべきと考えるかもしれない。しかし第二次世界大戦中アメリカ合衆国は国の予算を使い、一億四千万冊以上もの本を、欧州や北アフリカ、アジアで戦う自国の兵士たちに送った。本書は、世界の歴史が大きく動いた戦争を思想戦という側面から捉え、知力や教育の重要性を改めて問いかけるノンフィクション作品である。

 独裁者は何度となく焚書や言論弾圧を行ってきた。ナチスドイツも国民を煽動し、一億冊に上る非ドイツ的な本を焼かせて、意にそぐわない思想はすべて欧州から排除した。また、敵性文学や推理小説を禁じるなど、言論を厳しく統制した我が国も例外ではない。

 一方、連合国軍のアメリカは枢軸国に対抗し、思想の自由を掲げた。図書館員たちの呼びかけで寄贈本を戦地に送る運動からはじまり、やがて国が先頭に立ち、書物はより軽量化され“兵隊文庫”として戦場に送られた。常に死の恐怖に晒され疲弊した兵士は、本の登場人物に自己投影し、違う世界に心を羽ばたかせ、現実から逃避した。自分は消耗品ではなく人間なのだと思い出した青年たちは、たとえ束の間でも心の安寧を得、士気はむしろ上がったという。終戦後、本を読んだ兵士たちが復員兵援護法を使って大学へ通い、国の担い手へと成長していく。

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 だがそんなアメリカにも検閲や言論統制はあった。本書は、自由主義にも思想のコントロールは存在しうると指摘し、より深い考察へ誘ってくれる。

 本の力は確かに即効性こそないかもしれないが、ある意味では武力以上に強い。たとえ火刑に処そうとも、自由な思想はそのたびに灰から蘇るからだ。多種多様な読書は人間性を高め、豊かな知力を育み、ひいては未来を築く力になる。本書は混迷の現代に示唆を与える、優れた作品だ。

モリー・グプティル・マニング/ニューヨーク州ラッサムで育つ。ニューヨーク州立大学、イェシーヴァー大学ベンジャミン・N・カードーゾ・ロースクールを経て、連邦控訴裁判所で弁護士を務める。2012年よりノンフィクション作品を発表する。

ふかみどりのわき/1983年生まれ。2016年、ヨーロッパ戦線を舞台にした『戦場のコックたち』が本屋大賞にノミネートされた。

戦地の図書館 (海を越えた一億四千万冊)

モリー・グプティル・マニング(著),松尾 恭子(翻訳)

東京創元社
2016年5月30日 発売

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