夢野久作の『ドグラ・マグラ』、阿部和重の『シンセミア』、桐野夏生の『メタボラ』。とっさに意味がつかめないタイトルは、否応なく気になる。道尾秀介の『スタフ』もまた然り。
ワゴン車でお弁当を売る仕事をしている女性が主人公なら、異国の料理の名前だろうか。飲食の業界用語だろうか。否、新しい犯罪手法かもしれない。早く答えが知りたいと、ページをめくる手は自然と逸る。
著者が初めて女性を主人公に据えた本書。三二歳の掛川夏都(なつ)は、元夫が言い出しっぺの「移動デリ」を、離婚した後に意地で始めてしまった。結果、夏都にのしかかる、開業資金のローン、ワゴンを停めている駐車場で持ち上がった問題、不倫して出て行った元夫へのもやもや。
思い余って甥の智弥(ともや)にグチをこぼすが、その智弥もまた悩みの種だ。智弥は海外で看護師をしている姉の子で、夏都が預かり世話をしている。まだ十三歳の中学二年生だというのに大人びていて、理性的なアドバイスもくれるが、図星を突いてくることも。
グチは言えても、誰かに聞いてほしい本当の気持ちは結局抱え込んでしまう夏都は、意地っ張りな分、ナイーブで、自分で自分を責めて傷を深くする。ああ、こういう甘えベタなところが、イマドキ女子!
夏都がまず〈保健所のほうから来ました〉という男に拉致され、その犯行グループと関わっていくところから、誘拐や脅迫や金銭目的の犯罪……ドミノ倒しのように事件が起き、息つく暇もなく状況が変わっていく。果たしていちばんの黒幕は誰で、何が目的なのか。
道尾作品では、序盤の他愛ない会話の中にさらりと出てくるフレーズが、全体を貫く重要なメッセージだったりするのだが、今回は、智弥のひとことが鍵。
誰も彼もが傷ついていないふりでやり過ごす不器用さ。ノーと言えずに受け入れてしまったからこその孤独。人としての当たり前の弱さ。それらが入り交じり、反転して罪は生まれた。真相がわかったとき、ちょっと一発殴ってやってもいいくらいだ。誰を? それは読者によって違うかもしれない。それくらい、事件の全体像は込み入っている。
わかってもらいたくて、でも素直になれなくて。登場人物全員が、大なり小なり寂しさを胸に秘めている。そのひとりひとりを抱きしめたくなるような、心優しいミステリーだ。
ちなみに、スタフの意味をググるなら、ぜひ読後に。その方が腑に落ちるし、なんなら、うるっと涙腺がゆるんでしまうくらいの、意味深なタイトルだからだ。
みちおしゅうすけ/1975年東京都出身。2004年『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞しデビュー。09年『カラスの親指』で日本推理作家協会賞受賞、同作は映画化も話題に。11年『月と蟹』で直木賞受賞。近著に『透明カメレオン』など。
みうらあさこ/ライター、ブックカウンセラー。「CREA」など多くの書評欄やインタビューを担当。著書に『そろそろ産まなきゃ』など。