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「関西芸人のキラキラ感が怖くて、東京に逃げてきた」M‒1新王者・ウエストランドは“復讐”を果たせたのか?

2023/01/01
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 一夜で芸人の人生を劇的に変えるM-1グランプリ。その初期をけん引した笑い飯の2人を軸に、漫才に賭ける芸人たちを描いたノンフィクション『笑い神 M-1、その純情と狂気』を上梓した中村計氏が見た新王者の素顔とは――。

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異様なほどの早口で毒を撒き散らす井口

ウエストランドの井口(左)と河本

 漫才中、時代を突き刺す音が聞こえた気がした。

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「やっぱりウザい!」

 ウエストランドの小さい方、井口浩之(39)が吠える。これは相方の河本太(38)が出題した「ユーチューバーにはあるけど、タレントにはない」というあるなしクイズの答えである。

新たに審査員に加わった山田邦子

 井口がたたみかける。

「出てきたときは、いけ好かない連中だなみたいになって、数年経って、これはこれで認めなきゃなみたいな風潮があるけど、やっぱりウザい!」

 異様なほどの早口で毒を撒き散らす井口の表情に狂気が宿る。観客の笑いが「拍手笑い」に変わった。審査員たちは顔を伏せ、笑いを押し殺すのに必死だった。12月18日に開催されたM-1グランプリ決勝で、ウエストランドはその日いちばんの大爆笑を巻き起こした。

 笑いが起きる最強のメカニズムは共感だ。「わかる、わかる」という相槌であり、「よくぞ言ってくれた」というカタルシスでもある。

 井口はネタ中、あるなしクイズにかこつけて、世の中のあらゆる事象に噛み付いた。それがことごとく共感の笑いを引き起こす。

M-1にかかわった80名以上の証言がつまった『笑い神』

「本来、お笑いは毒があるのがおもしろい」

 審査員の1人、立川志らくはこう溜飲を下げた。

「今の時代は人を傷つけない笑いがよしとされてるけど、あなた方がスターになってくれたら時代が変わる。本来、お笑いは毒があるのがおもしろい」

 人を傷つけない笑い。そんな出どころも、根拠も曖昧な言葉が1人歩きを始めたのは2019年から20年にかけてのことだった。20年、初めて立ったM-1決勝の舞台上で、井口はそんな風潮に毒づいた。

「こっちは無作為に傷つける漫才やってんだよ!」「そもそも芸人に品行方正を求めんな! 鬱陶しいな!」

 さらに、こう思いの丈を漫才にぶつけた。

「お笑いは今までいいことがなかったやつの復讐劇なんだ!」