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バクチにかけた男たち

「よう、てめえ、戻ったか」「まぁ、座れよ」数日間家に帰らず麻雀を打ち続けていたムツゴロウさんが作家として飛躍した“妻の一言”

「よう、てめえ、戻ったか」「まぁ、座れよ」数日間家に帰らず麻雀を打ち続けていたムツゴロウさんが作家として飛躍した“妻の一言”

『ムツゴロウ麻雀物語』より#2

2024/05/05
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「いいもんだね、リーチ」

 私は早速、牌を横にした。

 すると、悪いね、と対面が手牌を倒した。

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 いつかと同じで、信じられぬ不運が待ち構えていた。勝負する牌がすべて誰かのアタリ牌になってしまうのだ。

陽気に負け続けたムツゴロウを待っていた結末

 私は、はじけるように笑いだした。

©文藝春秋

「どうしたんだ、涙なんか流しちゃって」

「ははは、だって、おかしいじゃないか」

「何が、おかしい」

「ふふふ、おれ、アタリ牌を選んで切り出しているみたい」

「それがおかしいことか」

「おかしくないのかい、ははは……」

 陽気に負け続けた。

 辛抱もクソもないのである。私が河に置くものは、すなわち誰かのアタリ牌という進行になってしまった。

 三荘目、家から電話がかかってきた。

「あなた、アタリよ」

 女房の声は弾んでいた。

「宝くじか」

「そのようなものね。あなたの本が」

「や!」

いいことがあれば、へこむ部分があるのが人生なのだろう

「そうなのよ。賞をいただいたの」

「なるほど」

「新聞社から電話が入ってるの。帰ってきてくれる?」

「よし。すぐ戻る」

 エッセイの賞であったが、これで世の中に出たと私は確信した。目の前の扉が開いた感じがした。

©文藝春秋

 それからは原稿の注文が、切れずにくるようになった。ひょんな事情で出版した本が賞をいただき、私は、原稿を出版社に持ちこむことなしで終わってしまった。

 今でもときどき、賞のしらせがあった時の麻雀のことを思い出すのだが、何か嬉しいことがある前日、麻雀をやっていると、ツキがまったくなくて、放銃を繰り返し、阿呆みたいに負けるようである。

「他のことでツク時には、麻雀の方のツキが落ちるのかなあ」

 と、私は考えるようになった。あちらもこちらもツクというのは、贅沢というものかも知れなかった。こちらでいいことがあれば、へこむ部分があるのが人生なのだろう。

ムツゴロウ麻雀物語 (中公文庫 は 10-5)

ムツゴロウ麻雀物語 (中公文庫 は 10-5)

畑 正憲

中央公論新社

2024年3月19日 発売

「よう、てめえ、戻ったか」「まぁ、座れよ」数日間家に帰らず麻雀を打ち続けていたムツゴロウさんが作家として飛躍した“妻の一言”

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