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池井戸潤が描く箱根駅伝の魅力「敗者の物語にこそ、希望がある」

池井戸潤が描く箱根駅伝の魅力「敗者の物語にこそ、希望がある」

『俺たちの箱根駅伝』刊行記念インタビュー #3

2024/04/24
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青春のラストラン。それでも、人生は続く

――書き上げて、あらためて実感した箱根駅伝の魅力とは?

池井戸 名だたる学校が競う伝統のレースでありながら、本当に何が起こるかわからない予測不可能なドラマだということでしょうか。何しろ、10人のランナーがおよそ20キロずつ走るというレースというのは他にはありません。特別なレースなんですよ。そこでタスキを繋ぐだけでも大変な偉業で、だからこそ想像を超えた感動も生まれるわけですね。他にはない魅力だと思います。

――小説の中でもそうですが、箱根駅伝を最後に競技人生を終えるランナーも多くいます。青春のひとつのピークを見届ける感もありますね。

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池井戸 考えてみると、ラストランで、あそこまでの大舞台が用意されている若者って、ほとんどいません。自分にそんな瞬間があったかというと、やはりなかったわけで……。私に限らず、ほとんどの人がそうでしょう。そういう意味では、結果はどうあれうらやましい限りです。

 もうひとつ、箱根駅伝では、優勝チーム以外はみんな“敗者”になります。つまり敗者の物語でもあるわけで、そこも美しい。私たちの心に刺さる所以です。
 
――作中でも、テレビマンのひとりが、「青春を賭して挑んだ若者たちが敗れ去るその姿にこそ、人間ドラマがある」と語ります。

池井戸 敗退して本選に出ることすらできなかった人たちにも、当たり前ですが人生がある。この本を、箱根駅伝が行われる冬ではなく4月に出すことにしたのも、そのためなんです。

 春は、入学や就職で新しい出発をする人たちがたくさんいます。でも、誰もが第一希望の場所からスタートできるわけじゃない。心のどこかで「本当はここじゃなかったんだけどな……」と思っている人は、たくさんいると思います。この小説に出てくるランナーたちも、そうした結果を受け入れるという意味では同じです。望んだものではない、第二希望の選択肢しかない。それでも前を向くんだという若者たちの物語は、春という季節にぴったりです。