昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

話題のドラマ『カルテット』、その本当の「新しさ」とは?

最も優れた「テレビドラマの批評家」は役者である

2017/01/30

“芸能行政”とは距離をおく4人の役者

 注目すべきは、4人とも近年は映画やNHKのドラマを中心に、民放テレビ局の芸能行政と関わりの薄い場所で活躍している役者であるということだ。松たか子は個人事務所。松田龍平の事務所も家族経営。満島ひかりは映画に力を入れている事務所、高橋一生も舞台に力を入れている事務所にそれぞれ所属している。我々は十把一絡げに「芸能界」という言葉を使いがちだが、芸能界にも様々な濃淡があって、少なくとも彼らは「バーターで事務所の若手をキャスティングに突っ込む」だとか「系列事務所の新人の主題歌タイアップを条件にする」といった民放ドラマにおける「常識」と距離を置いて、実力で現在のポジションに立っている役者たちだ。そして、彼らはそのポジションに立っているからこそ、自分で出演する作品を選ぶことができるのだ。

 海外の芸能界と日本の芸能界を比べて、事務所との主従関係において、日本の芸能人の立場の弱さを嘆く声は少なくない。しかし、その際にわりと抜け落ちているのは、そもそも彼らは「どのようにしてこの世界に出てきたか?」という視点だ。キャリアの初期に事務所の先輩のバーターで人気作品に突っ込まれてきたならば、その逆の立場で事務所に利用されるのも当然のことだと言える。そういう悪循環から自由な役者が、結果的に松たか子や松田龍平のような「偉大な父親」を持つ「例外的な役者」であるという指摘もあるだろう。しかし、松たか子は24年、松田龍平は18年、日本のエンターテインメント界の第一線で活躍し続けて「代わりのいない役者」としてのポジションを確固たるものにしてきた。

視聴率だけでは計れない、作品の吸引力と訴求力

 テレビドラマの世界にはごく稀に、彼らのように本当の意味で「作品を選べる」役者がいて、その一方、過去に優れた作品を積み重ねてきたことによって「選ばれる」脚本家の作品がある(「役者を選べる」脚本家がいて、そこで「選ばれる」役者がいると言い換えることも可能だ)。視聴者に画面への集中を強いることもあって、そのような作品が必ずしも高視聴率を記録するわけではないのだが(『カルテット』初回の視聴率は9.8%、2回目は9.6%だった)、見比べれば明らかなように、『カルテット』が目指している場所は同時期の連ドラとはまったく次元が違うところにある。そして、そういうドラマだけが5年後も10年後も、人々の記憶に残り続けるのだ。

 各局連ドラの第1話、第2話がオンエアされたばかりのこの時期、メディアやネットではドラマ批評家やドラマ愛好家の意見が盛んに交わされているが、最も優れたテレビドラマへの批評は、事務所ではなく個人の意思を通すことができるごく一部の「作品を選ぶことができる役者」の選択そのものにあると言ってもいいかもしれない。何故なら、彼らの選択は作品の内容を自身の経験値によって吟味することだけではなく、その作品の裏側にある民放連ドラの悪習慣への無言の抵抗・抗議でもあるからだ。