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――新著の中で、21世紀の地政学は、軍事力などのハードパワーではなく、経済力・文化力・民族意識などのソフトパワーのほうが大きな役割を果たすという指摘は新鮮でした。

ルクセンブルクになくて日本にはあるもの

藻谷 21世紀において、軍事力による物理的な占領って意味がありません。たとえばヒトラーみたいなのがもう一度出てきて、ルクセンブルクやシンガポールを占領しても何も得るものはない。そこにあるお金は逃げていくだけで、投資は呼び込めない。大戦後のヨーロッパが植民地を次々と手放したのは全然儲からなくて意味がなかったからです。そんなことより経済的に進出して投資だけしたほうが、住民の面倒みなくて済むので楽ですよ。

 日本は自前で安全保障ができないから主権国家じゃない、アメリカの植民地みたいな国だ、という声もありますが、「植民地」というわりには、アメリカから年間13兆円も黒字を稼いでいて、ずいぶん儲かっているわけです。つまり経済力のようなソフトパワーが、21世紀の国際社会ではとても重要です。中韓台星(星はシンガポール)の4国からだけで年に12兆円近くも黒字を稼いでいる日本が、そんな数字も確かめずに、自分の側から排外主義的なスタンスをとるようでは、「ソフトパワーの地政学」の時代に生き残れません。

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 これまで世界105カ国をめぐってきて改めて思うのは、いま日本人の自己認識と世界から見たときの日本が激しくズレてきているということ。日本は「これから食べていけなくなる危機」にはないし、世界の中で「誇りを失っている国」でもない。世界中の観光客が日本に来たら、大喜びです。ニューヨークでいいホテルに泊まったって、日本のおもてなしやサービスに比べたら極めて劣るのが現実です。夜、東京の街を歩いたって、暗めの街路でも、落ち着いて静かで安全ですから。

 最後にひとつ。ルクセンブルクにはなくて日本にあるものはコンテンツ発信力です。ルクセンブルクは地形的にはちょっと金沢に似たところのある城塞都市で、中心街の規模も似ていますが、ルクセンブルクに兼六園や武家屋敷や茶屋街はありません。加賀料理もないし、「金沢21世紀美術館」もない。ルクセンブルク人が金沢を見たら「なんと多くの独自の文化コンテンツを持っている街だ」と思うでしょう。そもそも日本全体に、30個、40個のルクセンブルクがあってもおかしくない。そんなポテンシャルを日本の各地方都市は秘めてもいます。

 いま、日本のソフトパワーの等身大の実力はどれほどのものか、地政学を踏まえてどんな振る舞いをすることが日本の繁栄を呼び込むのか、本書が日本の自画像を認識し直すきっかけになれば嬉しく思います。

 

藻谷浩介(もたに・こうすけ)
1964年山口県生まれ。地域エコノミスト。㈱日本政策投資銀行参事役を経て、現在、㈱日本総合研究所調査部主席研究員。東京大学法学部卒業。米コロンビア大学経営大学院卒業。著書に『実測!ニッポンの地域力』『デフレの正体』『世界まちかど地政学』、共著に『里山資本主義』(NHK広島取材班)、『経済成長なき幸福国家論』(平田オリザ氏)、対談集『完本 しなやかな日本列島のつくりかた』などがある。

 

世界まちかど地政学NEXT

藻谷 浩介

文藝春秋

2019年4月25日 発売