移植に携わる外科医の技術が高くても……
市田医師が挙げる二つ目の要因は、国民に向けた啓発不足。
「現在は、臓器提供の意思表示カード以外にも、健康保険証や運転免許証、マイナンバーカードに臓器提供の意思を記入する欄があるし、ネット上での登録も可能。しかも、一度書き込んだ臓器提供に対する意思表示は、あとで変更することもできる。ところが、そうしたことを知っている国民は少ない。それだけでなく、救急現場でそうしたカードが出てきても、“救命”に忙しい医療者にとって、臓器提供になかなか関心を示しにくい、という実情もあります。家族が臓器提供の意思を申し出て初めて動き始める――というケースも、意外に少なくないのです」」
しかし、市田医師によると、日本の移植外科医の技術は世界的に見ても高いという。それだけに日本の移植医療の停滞は残念だという。
「一人のドナーから何人のレシピエントに臓器を移せるか、という技術において、日本の移植に携わる外科医の技術はきわめて高度です。しかし、移植件数が少ないと、その技術を生かす機会も、若い外科医の経験も増やすことができない。これは結果として国民にとっての不利益につながることです」
脳死下での臓器提供可能な症例は、国内で毎年5000人程度
ちなみに、一人のドナーから取り出す臓器は、心臓、膵臓、小腸が各一つ、肺、腎臓、眼球が各二つ、それに肝臓も場合によっては二つに分割して供給することが可能だ。しかしこのうち、腎臓、膵臓、眼球以外の臓器は、心停止後の移植は難度が高まり、脳死時点での移植が望ましいとされているのだ。
市田医師が、自身の専門である肝臓疾患を例に挙げて解説してくれた。
「肝臓の場合は、重症度によって移植を受けられる順位が決まってきます。中でも最も重症度の高い病気が劇症肝炎。これは放置すれば数日から数週間で命を落とすので、緊急度が高い。そのため、昨日まで移植順位が1位にいた人が、今日劇症肝炎の患者が出ると、自分がもらえるはずだった肝臓を譲らなければならなくなってしまうわけです。しかも、ドナーが出たからといって必ずしも移植できるとも限らない。ドナー側に脂肪肝などがあると、せっかくの意思表示があっても移植できないケースもある。300人以上の患者がドナーの提供を待っている現状を考えると、年間400人程度のドナーが出てくれることを期待せずにはいられない、というのが正直なところです」
事実、脳死下での臓器提供可能な症例は、国内で毎年5000人程度はいる、という報告もある。「年間400人」という数字は、決して非現実的ではないのだ。