いまから10年前のきょう、2007年4月23日、アメリカのジャーナリスト、デイビッド・ハルバースタムが、カリフォルニア州メンロパークで取材先で、自動車事故に遭い死去した。1934年生まれの73歳。
ハルバースタムは、厖大な取材をもとに、現実をドラマチックに描き出した長編ノンフィクションを多数著した。その作風から「ニュージャーナリズム」の代表的作家とも目されたが、本人は、自分はレッグ・ワーク(足による取材)を積み重ねていく「伝統的な手法による書き手だと思っています」と語っている(『諸君!』1977年9月号)。ハーバード大学を卒業後、まず地方の新聞社の記者となったのも、市井の人々に話しかける技を学ぶためであったという。
1960年には『ニューヨーク・タイムス』に移る。アメリカがベトナムに本格的な介入をし始めた時期で、サイゴン特派員として現地を取材し、政府を厳しく批判、時の大統領ケネディから記者更迭を示唆されたこともあった。このあと総合誌の記者などを経て独立、政権の政策エリートの判断の誤りから、ベトナム戦争が泥沼化していくさまを描いた『ベスト&ブライテスト』(1972年)はベストセラーとなった。
その後も、巨大メディアの実像を描く『メディアの権力』(1979年)、日米自動車戦争の攻防をフォードと日産を軸にとりあげた『覇者の驕り』(1986年)などの大作を発表。一方で、オリンピックをめざすボート選手たちを追った『栄光と狂気。』(1985年)などスポーツノンフィクションでも知られる。
ハルバースタムは生涯をかけて、現代アメリカの総体を描くことに全力を注いだ。晩年の10年は、第二次世界大戦とベトナム戦争のあいだに挟まれ、忘れられがちな朝鮮戦争について取り組む。その著書『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争』(2007年)に最後の手を入れて完成させたのは、亡くなる5日前だった。しかし彼は脱稿後も休むことなく、4月21日にはカリフォルニア大学バークリー校のジャーナリズムスクールで講演を行なっている。事故に遭ったのは、次回作の執筆のため、アメリカンフットボールの名選手ティトルの取材に向かう途中であった。